BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去 [webmasterのきもち]
2008/08/20(水) 18:22 webmaster

BCLの世界でおなじみの山田耕嗣氏が
昨日8月19日夜、癌のため逝去されました。67歳でした。

関係者の方から情報を頂戴いたしました。
ありがとうございました。


通夜は8月22日18時から、告別式は8月23日11時から、
いずれも千葉県木更津市のセレモニーイシイです。

山田さんは、私が小学3年生の時、
書店でたまたま見かけた「入門BCLブック」の著者で、
私をラジオ好きに、そしてラジオの世界に導いてくださった
1番最初の方であり、先生であり、”恩人”です。

当時はその本をそれこそ肌身離さず持ち歩き、暗記するほど読み込みました。
会社のデスクにその時の「入門BCLブック」を持っています。
数年前に初めて山田さんにお会いした時、それこそ興奮で震えましたですね。

山田さんのプロフィールをその「BCLブック」から引用します。

1940年、東京・浅草生まれ。
ワーナー・パイオニア株式会社に勤務している音楽の専門家。
かたわらBCLの記事をエレクトロニクス関係の雑誌や新聞に
執筆しており、とくにBCLを愛好するヤングからは
最高の権威者として知られ、その人気はたいへんなものだ。

外国の放送局員や世界のベテランBCLに知己が多く、
その交友は長く深い。
外国の放送局にとってヤマダ・コウジといえば、
もっとも親しみのある古くからのBCLだという。

「BCLは趣味の王様」と断言し、
余暇のすべてはBCL活動と後輩の育成のために
各地で行われる講演会、執筆活動にあてている。

お会いした後も、ご丁寧に何度もお手紙を頂戴しました。
数年前に、長年住み慣れた日暮里から木更津に引越しをされ、
「ラジオNIKKEIの送信所も近いから、今度案内してくれ」
とお願いされていたのに、結局それも叶わぬまま・・・。
もう遅いのですが、もっと山田さんのお話をお聴きしたかったです。

この週末開催されるハムフェアで、日本短波クラブ主催の「国際放送講演会」で
「最近の放送事情」をご講演なさると伺っておりましたので、
一報を知った時は、まさか、と絶句・・・でした。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


コメント

Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

すっかりBCLとも縁遠くなっていましたが、子供の頃には本当に色々な雑誌に執筆なされていましたね。
また昭和が…。

合掌

2008/08/20 23:23 : PAKU
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

また2年ぐらい前から受信報告書を何度か書たりしていますが、山田先生の記事を読んでの影響ってありましたよね。謹んでお悔やみ申し上げます。

2008/08/21 22:51 : Ina
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

お元気ならハムフェアでお話が聴けるはずだったのですね。
BCLにのめりこんだ小学校時代に、あこがれの人でした。
本当に残念です。

2008/08/23 22:33 : mjh
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

BCLは私の原点でした。BCLが無ければその後の自分は無かったかも知れません。残念ながら一枚もべりカードは入手出来ませんでしたが・・・。
ご冥福をお祈りいたします。

2008/08/24 06:58 : FURU
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

私も小学生だった頃、BCLハマったきっかけが山田先生でした。
BCLマニュアル(確か当時\\1500位だったと記憶が。当時の小学生には高価な書籍)を小遣いを貯めて購入し、穴が明くほど何度も読み返したモノでした。
田舎の小学生だった私が広い世界を認識し、今の仕事に至る全てのきっかけが同氏であった事を考えると、どれほどお礼をすれば良いのか分からないほどです。
残念ながら一度も氏とお会いしたことはありませんが、心よりご冥福をお祈りいたします。
山田先生、ありがとうございました。

2008/08/24 10:39 : Kenny
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

今頃になって山田先生の死を知り、愕然としております。BCL小僧だった私の少年時代、先生は私にとって遠い存在でした。いつもBCLマニュアルを片手にBCLを楽しんでおりました。最近新しい受信機を購入してBCLに再入門しかけた矢先でした。先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

2008/08/25 10:40 : RYOTA1
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

知人からのメールで遅れましたが知りました。
一言。残念でなりません。私はラジオの製作で先生を知り20代は
BCLとアマチュア無線の日々でした。特に毎日放送で深夜聞いていたBCLライフには毎週投稿していました。
クイズで先生から東南アジアのお土産にサインして送って頂いた
品物は今も宝物です。ランラジオや大橋照子さんも懐かしい。これを機会にBCLライフや必死で集めた各局のジングルを聞こうと思っています。
ご冥福をお祈りいたします。

2008/08/26 10:56 : genki
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

恩師、山田耕嗣先生の紹介で、1980年代半ばから11年間、電波新聞社発行の「ラジオの製作」でBCLの記事を連載した元ライターです。
 今年3月に手紙を頂いていたのが、まさか最後の手紙になるなんて、思っても見ませんでした。
 同じ「ラジオの製作」のライターだった牛込和則さんも数年前に享年52歳という若さで急逝されましたが、BCLライフにおいて、山田先生の存在は私にとっても大きなものでした。
 心からお悔やみ申し上げます。

2008/08/26 16:59 : トウルリム
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

えっ!牛込先生もそんなに早く亡くなられたんですか。
ショックが大きすぎます。
私は1980年代のラ製の読者のレポートには常連で掲載させて
頂いただけに呆然としてしまいました。
とくにAMをステレオで聴こうのSDアダプター、ICF2001の
動作電圧を狂わせて周波数帯域を拡張するなど
思い出が一杯です。今では当たり前が当時の私には発想が
大変新鮮でした。
今もICF2001は健在です。N社の電子ループアンテナも。
今日新たに心からお二人にお礼とお悔やみ申し上げます

2008/08/27 10:13 : genki
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

片田舎の少年に世界の扉を開いてくれたのは山田先生です。
先生の極楽からの放送を待ってます。なんとか受信します。

2008/08/27 18:27 : 亀無
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

謹んで山田先生のご冥福をお祈り申し上げます。
そういえば「ラ製」関係では、山田先生、牛込先生のほか、2000年2月に皆川隆行先生(JH1IUR/めぐろE55)もお亡くなりになられました。本当に寂しいことです…。

2008/08/27 19:50 : 4CV50000E
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

僕はラ製のBCL記事だと、ラジカセですら聞ける局のレポートが投稿されてるのがイマイチで、「短波」しか読んでなかったので山田氏のレポートはあまり見てませんでした。しかし知名度は一番だったですね。短波にはほとんど記事を書いてなかったような記憶があります。自分自身もっぱらトロピカルバンドとか北米やオセアニア中東の中波DXが好きだったせいもありますが。
しかし、BCLのおもしろさをわかりやすく書いていた山田さんの姿勢はよかったなと思います。
(短波の代表は、今PL教団の教祖様なんですよね?笑)

2008/08/28 23:21 : といご
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

今回はまた皆川先生までも死去されていたとは。
ただただショックです。私の青春時代はラジオの製作だけが
田舎者にとってバイブルでした。初めてオスカー通信を体験したり
電話放送局みゅんけやラジオきらっとにKYOI、1978.11.23 9:01に家中のラジカセやオープンリールデッキで周波数の変わる瞬間を録音しました。後は船舶気象通報、ボルメット、KDDIのテスト放送そして次々と開局された地方FM局のテスト放送、FM愛媛から始まりました。ラジオたんぱ+KZOOのコラボなど思い出はきりがありません。月間短波はEスポなどの記事が載っている
7または6月号を買ってきて流星観測もしてましたね。
これもラ製の各先生方のおかげです。
本当にありがとうごさいました。
残されたカセットテープをじっくりと整理して青春時代を
振り返りたいと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。

2008/08/31 08:47 : genki
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

私が小学生の時に、はじめて山田先生の著書に出会いました。
実業之日本社より発行された「BCLデータブック」でした。
当時は、既にBCLブームが下火になっており、BCLは、ちょっと大人の前世代の方々の趣味になっておりました。
見つけた本屋で購入したかったのですが、一ヶ月お小遣いをためていざ買いに行こうと本屋に行くと先に買われてしまい、更に一ヶ月取り寄せまで一ヶ月待たされて手に入れたことを覚えています。
それからというもの、穴があくほど夢中になって読み、祖父からもらった年代物の2バンドの短波ラジオでBCLを始めました。
山田先生の著書に出会わなければ、世界情勢に関心を持つ事もなく
今の自分がなくすごしていたかもしれません。
直接お会いする事は無かったのですが、本当に感謝しています。
闘病生活をしながら、ご活躍されていたそうですが、安らかにお休みください。
心からのご冥福をお祈り申し上げます。

2008/09/03 06:44 : tomokfriday
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

ネットサーフィンしていて、山田師匠の訃報を知りました。
8月中旬に亡くなられたそうですが、世間は北京五輪一色だったので、
一般紙などで取り上げなかったのでしょうね。

自分は、1976年に山田師匠が書かれた『BCLマニュアル』を購入した
ことが、キッカケでBCLファンになりました。それより、すこし前に学研
から発売されていた、科学と学習という雑誌にBCL特集が掲載されていて
、男の子がベリカードを持って自慢しているシーンが出ていたので、BCLについて興味を持ち始めました。小学生の頃かな?

当時は、ラジオといえば、短波が聴ける機種は少なく、一般の電気店では、
3バンドの機種が殆どでした。丁度その頃、松下からクーガ2200という
BCL専用機といえる高性能ラジオが登場。すぐに購入しました。34,800円という高価にもかかわらず、人気があったようで購入するのに1週間程度かかったことを覚えています。

あれから、30有余年。日本語放送も少なくなり、インターネットでラジオ放送を聴くなんて考えられない世の中になったけど、BCLという趣味はいつまでも残るでしょうね。山田師匠の御冥福をお祈りします。

2008/09/07 22:26 : iMac
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

今偶然他のラジオの記事で検索をかけていたところで、山田さんがお亡くなりになったということを知り、(といってももう半年も過ぎてますが)驚きました。

僕も幼少期からラジオ・BCLには大変な興味を持っていました。「ラジオの製作」(1999年に事実上廃刊)もよく愛読して、山田さんの記事、あるいは僕自身もレポート投稿をするなど、身近に感じたものでした。最近は仕事の都合上BCLからは遠ざかってしまいましたが、山田さんのご遺志を受け継いで、これからもBCLを楽しみたいと思います。

2009/02/16 09:47 : 古波蔵保昌(こはくら やすまさ)
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

びっくりしました。小学生の時BCLブックに載せていただき出版社からブックが送られてきて。当時我が家は貧しくラジオは新聞配達をしてかいました。情報誌を買うにも躊躇していた中本当にありがたく涙を流し泣きました。次の日学校では記事をみた同級生から英雄扱いでした。山田先生ありがとう。もう41となりBCLはやってませんが政治団体に身をおく私に役にたった趣味BCL。先生のご冥福おくればせながらお祈りいたします

2009/04/08 18:41 : 思い出
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

今頃になって山田先生の訃報を知りました。それもラジオではなくインターネットでです。時代の変化を感じてしまいました。当時は庶民が海外旅行することなどはほとんどありえず、またインターネットもなく、そのためラジオからの情報は大変貴重でした。自分の小中高時代はBCL一色でした。BCLによって私の世界は飛躍的に広がりました。当時の小中学生たちにBCLを広めた効果が、現代の日本においていろいろなジャンルで出現しているはずです。山田先生には大変感謝しております。まだお若いのに大変残念でした。

2009/04/12 20:22 : スカイセンサー
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

皆さん、とても貴重な思い出、たくさんありがとうございました。
ひとりひとりの心の中に、山田さんが教えてくださったものが
今でもしっかり生きてるだなあ、と感じ
私もうれしくなりました。
これからも、マイペースでBCL続けていきましょうね。

2009/08/03 00:26 : webmaster
Re : BCLの神様・山田耕嗣氏、逝去

勉強も運動嫌いだった
僕が最後にすがりついたものがラジオだった。

先生ありがとう。

2009/12/29 09:22 : kero