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		<title>兜町の疾風（しまのかぜ） - 胎動</title>
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			<title>胎動（12）</title>
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			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<div class="columnImageLeft columnImageNoCaption" style="width:192px;">
	<a href="http://blog.radionikkei.jp/archives/200503/076/large-1109914579.jpg" rel="highslide">
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	</a>
</div>
<p>
２月中旬<br><br>佐藤崇は都内のホテルに長期滞在の契約をして、見晴らしの良い一室に収まった。ベッドルームのほかに、やや広めの応接セットや事務机も備わっているセミスイート級の部屋だ。仲間である数人のグループと銘柄や相場形成を考える拠点として、また来客も多く予想されることから、その事務所として使うには十分な環境だった。佐藤はベランダに出て、深呼吸をし、これからの戦略をもう一度、頭の中でトレースした。
</p>
<p>
場所はアメリカ大使館に程近い山の手で、オフィス街や永田町にも至近で、今後の仕事を考えると立地条件も申し分がない。あらかじめ送ってあった荷物をおおまかに整頓すると、早速、電話を掛け始めた。まずは永田町である。<br><br>「先生、この間お知らせしましたように、東京に出て参りました。大倉ホテルに部屋を取ってあります」<br>電話の先は大臣経験のある民自党の有力代議士である。<br><br>「ほう、相変わらず、やることは素早いねぇ。で、どうなの。本当に、また動くつもりなのか」<br>「はい、仕掛けようと考えている銘柄の大株主には既に売却の意向を取り付けてあります。ここは是非、先生にもご登場頂きたく、ご検討をお願い申し上げます」<br>「そうか。でも君、こんな重要な話は電話ではできないなぁ」<br>「もちろん、しかるべき場所で、じっくりご説明させて頂ければと考えております。いつごろなら、お時間を頂戴できるでしょうか」<br>「わかった。今日中にも連絡する」<br>「はい。こちらの電話番号は５３・・・・・・です。では、連絡お待ちしています」<br><br>電話を切ると、すぐに次の代議士に連絡を入れる。そして次は野党議員。電話の先は時に資産家だったり、時には兜町の関係者だったりしたが、電話の相手の対応は大半が好感触といえるもので、面談や酒の席の予定が着実に手帳のスケジュール欄に積み上げられていった。<br><br>前回の１５年前の仕手戦で逮捕されたときに、厳しい取調べに耐え、資金源について一切口を割らなかったことの信頼感が残っているようだった。時を経て一線から身を引いたものも少なくないが、一方で、当時若手だった人物は着実に地位を上げている。佐藤は当時と同じような仕掛け、いや、それ以上のことができる自信が湧いてきていた。なにしろ、仕掛けについては前回検挙されたという反省を踏まえて、この一ヶ月間知恵を絞りに絞った。相場の終わり方の絵図はきちんと描いたし、幾度もシミュレーションを繰り返した。その自信が佐藤にはあったのである。<br><br>数日後、大臣経験のある代議士と、平河町からやや離れたところに位置する小ぶりな料亭で宴席を設けた。かつても通った、口の堅さでは実証済みの料亭である。床の間を背にした議員に向かって、佐藤はまず、「先生、大変ご無沙汰をしておりました。ご活躍はテレビや新聞で拝見いたしておりましたが、お元気そうで何よりです」とお世辞に聞こえないように気を使いながら挨拶した。そして、ビールのお酌をし、仲居に「とりあえず日本酒を熱燗で３本持ってきてくれ。料理はここに並んでいるだけでいい。先生と大事な話があるから、呼ぶまではこないように」と指示した。<br><br>仲居が日本酒を持ってきて、部屋を出ると、佐藤は周りを確認し、ふすまをゆっくりと閉めた。<br>そして、向き直り、「ご検討を頂けたでしょうか」とおずおずと尋ねた。<br>「うん、でもね、佐藤君。君が証券界で大暴れしたおかげで、証券取引法も当時よりずいぶん厳しくなっているし、本人確認などの口座管理も面倒なことになっている。そういうことは大丈夫なのか」<br>「おっしゃるとおりです。しかし、手は十分に打つことができます。既にカリブ海に浮かぶケイマン諸島に投資会社を作りました。ここはタックス・ヘイブンで、４９人以下の出資であれば、資金の出所や運用成績などを開示する必要がありません。欧米のヘッジ・ファンドが同様の手法をとっているほか、経営危機に陥った国内上場企業が、名前を出したくない第３者から資金調達する際にも使われています。」<br><br>タックス・ヘイブンとは税制上の優遇策を講じている国や地域を指す。先進国の資金を呼び込むことで、法人数を増加させて税金収入を狙っている。商品相場や株式、為替など利益の出そうな投資対象にレバレッジを効かせて投機を仕掛けるヘッジ・ファンドが設立されることで有名なのがケイマン諸島なのである。日本でも転換社債を、ここを経由して発行する企業が多いが、割当先は日本企業というのが大半。ケイマン諸島を通すことにとり、匿名性が確保できることが魅力となっている。証券取引法は佐藤の仕手相場事件が社会問題になったことによって規制された経緯がある。<br><br>さらにはバブル崩壊以降の国内の証券会社では、大手証券を始めとする証券不祥事が相次ぎ、口座の本人確認が厳しくなった。８０年代までは本人確認の書類提出は義務付けられておらず、極端な話、飼い猫の名前でも口座を作ることができた。また、証券界の隠語で「白封」というのがあり、売買報告書を自宅に郵送せず、顧客本人に直接手渡しするケースもあった。これなら、家人に知られることなく株式の売買ができる。佐藤はこうした規制に影響を受けない、海外での投資法人設立に動いたのだった。<br><br>佐藤自身、１５年前に匿名性の高い割引債券にして、当局の目を逃れた軍資金を、既にこの投資法人に流し入れることに成功している。こうした一連の経緯を代議士に説明した。<br><br>「なるほど、仕組みはわかった。で、いくら資金があれば相場が張れるんだ。前回のこともあるから、信頼はしているが、リターンはどの程度期待できるのか。表の金は当然ながら、出せないしな」<br>「金額はお任せしますが、前回同様、資金が多いほど相場の成功確率が上がることをご理解ください。政治資金収支報告書に記載していない、別勘定のお金を振り向けていただければと存じます」<br>「わかった。今後は秘書と連絡を取ってくれ」<br>「ありがとうございます。ご期待に沿うような結果を出すべく努力いたします」<br>　佐藤は座布団を外し、丁寧に頭を下げた。そうして、ふすまを開け、「おい、先生に料理の続きをお出ししてくれ」と声を掛けた。<br><br>佐藤はこうした宴席を、３月上旬まで続け、目論見通りの資金を集めていったのである。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=18">次を読む〜「蠢（うごめ）き（1）」</a>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<pubDate>Fri, 04 Mar 2005 05:29:27 +0000</pubDate>
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		<item>
			<title>胎動（11）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/16.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<div class="columnImageRight columnImageNoCaption" style="width:192px;">
	<a href="http://blog.radionikkei.jp/archives/200502/076/large-1109339491.jpg" rel="highslide">
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	</a>
</div>
<p>
中井戸は読み終わるとデスクの日高のところへ行き、ファックスで送られてきたものを渡して、感想を求めた。日高は中井戸よりも７歳年上なので、佐藤についての知識や情報量は多いはずだ。<br><br>日高は一通り読んだ後、<br>「まず、この入会勧誘は本物なのかを調べる必要がある。次に、本当に無料の勉強会なのか。前回の仕手グループの時には特別会員、Ａ会員、Ｂ会員、一般会員とランク付けして、それに応じた会費を徴収していたはずだ」<br>「ランク付けですか」と中井戸が口を挟む。<br>「そうだ。佐藤が仕手グループ『日誠』というのを率いて、野島鉄鋼株の仕手戦をやったのを憶えているか」<br>「私は直接には知りませんが、いろいろな人から概要は聞いています」
</p>
<p>
「その時、相場に勝つ寸前に会社側の増資と大手証券の売りという攻撃を食らって潰されたんだ。そして脱税で捕まった。当局では本当は株価操作での立件を狙っていたんだが、証拠が不十分だったらしい。佐藤を株価操作で立件したら、売り崩した大手証券も無傷では済まないという事情もあったとの指摘もある。<br>それはともかく、佐藤は検察庁で特別会員とＡ会員が誰だったのか、一切答えなかったという。自分ひとりが罪をかぶったわけだ。これが佐藤の名前をさらに市場で広めることになった。特別会員には政治家や事業会社のオーナーなんかが数多く登録されていたというからな」<br><br>日高と中井戸の会話を聞きつけて数人の記者が回りを取り囲み始める。その中の一人、紺野が聞いた。<br>「じゃ、Ｂ会員とか一般会員というのはどうなっていたのですか」<br>「仕手グループにとって、言い方は悪いが雑魚なんだ。月額いくらとかのわずかなお金しか払っていない連中が対象だが、特別会員が最優先情報を入手し、順に伝達が遅くなる。つまり、最後に買わされる投資家ということになる。その人たちは佐藤を相当に恨んでいるじゃないかな。でも、このファックスが本物だとしても、本当に無料なのか。よくわからんな」<br><br>そこで紺野が「私、佐藤を取材してみようかな。面白そうだし――」と何気なくつぶやいた。その瞬間、日高の血相が変わった。椅子を蹴って立ち上がり、<br>「だめだ、絶対にだめだ。それだけは。俺たちは証券専門紙の記者なんだぞ。一般紙の連中が興味半分に行くのは構わないが、それを俺たちがやったら致命傷になりかねない。それがわからんのか」日高の顔は怒りで高潮し、机の上で握ったこぶしが震えている。そして、「いいか紺野」と説き伏せるように説明を始めた。<br><br>証券専門紙は独自に取材して、ある企業が面白そうだと思ったら、その企業の記事を大きな扱いで掲載する。これは広告局の圧力もなければ、証券会社の営業戦略にも乗せられない、編集局の独自の方針で決められる。そうでなければ個人投資家はついてこないし、原稿の信ぴょう性を疑われる。ましてや仕手筋との関係が、取材という形でもできてしまえば、大きく扱った記事が、「どこかで仕手とつながっているのではないか」との疑念を生みかねない。実際には関係なくても、仕手側が「あの記事は実はうちが書かせた」などと悪意の情報を流さないとは言い切れないのである。日高の強い口調はそういう意味だったのである。<br><br>日高の怒りが説教口調になったところで、各記者は自席に戻った。そこで中井戸は、知り合いの投資顧問社長の朝原に電話をした。投資顧問とはいっても、大量の資金を動かすような大手ではない。一任勘定（投資家から直接お金を預かって運用する）免許のない助言業務（銘柄の情報を提供する）だけの小さな投資顧問である。<br><br>「朝原さん、佐藤崇が動き出したのを知ってますか」<br>「何となくは聞いている。一声の会とかを作ったんだろ」<br>「さすがに情報が早いですね。そこで、折り入ってお願いがあるのです。気は進まないかも知れませんが、その一声の会に入会してもらえませんか。会のうたい文句には無料なっていますが、もし、費用が発生するようなら、私が責任をもって負担します。もちろん、交通費などの雑費もです」<br><br>　電話口の向こうでは少し考えている様子だったが、しばらくして<br>「わかった。そこで情報を取って来いというわけだな。もしかしたら自分の仕事にも役に立つかもしれないし、やってみようか」<br>「ありがとうございます。ついでといっては何ですが、適当な名前でもう一人分、入会しておいてもらえませんか」と、日高や紺野の視線を気にしながら付け加えた。<br>「何かあれば、あんたも出てくるというわけか。それでさらにやる気になった。くれぐれも、金は頼んだぜ」といって朝原は電話を切った。その時、横で田代がこちらを向いて、何もいわず、にやりと笑った。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=17">次を読む〜「胎動（12）」</a>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<pubDate>Fri, 25 Feb 2005 06:03:34 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（10）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/15.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<div class="columnImageLeft columnImageNoCaption" style="width:192px;">
	<a href="http://blog.radionikkei.jp/archives/200502/076/large-1108711061.jpg" rel="highslide">
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	</a>
</div>
<p>
数日後、和泉証券投資情報部長の石川敏夫から電話がかかってきた。<br>「中井戸くん、佐藤崇が『一声の会』というのを作ったの知っているか」<br>「佐藤って、あの佐藤ですか。『いっせいのかい』とはどういう字を書いて、何をする会なのでしょう」<br>「一声は漢字の一に声、会合の会だ。何をするつもりか知らないが、入会金はいらないそうだ。知らないんだったら、入会勧誘書が手に入ったので、今からファックスするよ。とりあえず、それをみて、何か新しいことがわかったら、連絡をくれ。じゃあ――」といって電話が切れた。<br><br>程なくしてファックスの機械が「ジ、ジー」と音を立て始め、数枚の紙が吐き出されてきた。すべての受信が終わるのももどかしく、中井戸は受信されたものから順次読み始めた。
</p>
<p>
「――経済混乱が日増しに進んでいます。日本のＧＤＰ（国内総生産）成長率はバブル崩壊後大きく落ち込み、このままではマイナスになる可能性もあります。失業者は二百万人に接近し、今後もさらに増える見通しです。その影響をもろに受けているのがサラリーマンで、当然とはいえベースアップはありませんし、働けるだけでも幸せというのが現状です。これに呼応するように個人の貯蓄額は一九六三年以来初めてマイナスとなりました。しかも高齢化は年々進み、このままでは頼みの年金も当てにはできません――」<br><br>「別に、どうということはないな」とつぶやきながら、途中を読み飛ばし、最後の１枚を手に取った。<br><br>「――このほど私は『一声の会』という株式を一緒に勉強するための同好会を作りました。私の人生経験からいくばくかでも、皆様方のお役にたてるのではないかと思ったのです。不遜ないい方だと思われた方は、どうぞお気を悪くしないでください。少しでもこの会に参加される方々のお役にたちたいと、心から願っております。　何年後か、何十年後かに『一声の会』に入っていて良かったと思って頂けるように頑張りたいと思います。一緒に勉強していきましょう。きっといずれ、あなたの心になにかが響くに違いありません。お待ち申し上げております。<br><br>追伸<br>『一声の会』ではあなたのお金を預かることは致しません。あくまでも勉強のためのサークルです。入会金、会費なども頂きません。お気軽に、またご自由にご参加ください。<br>　<br>連絡先　０３（５×××）××××<br>『一声の会』　代表　佐藤崇　」<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=16">次を読む〜「胎動（11）」</a>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<pubDate>Fri, 18 Feb 2005 07:08:07 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（9）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/14.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<div class="columnImageRight columnImageNoCaption" style="width:192px;">
	<a href="http://blog.radionikkei.jp/archives/200502/076/large-1108176986.jpg" rel="highslide">
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	</a>
</div>
<p>
株式市場全般は２月から３月にかけてもさえない展開が続いた。村山内閣の政策運営の混迷ぶりをマーケットが感じ取っていたことに加えて、１月の大震災が経済に与える影響の大きさが日々高まり、日経平均株価は１万５０００円をかろうじてこらえているような状況だった。そんな株式市場に３月２０日、さらに社会を不安に陥れる事件が発生する。地下鉄サリン事件である。
</p>
<p>
３月２０日朝８時前後<br><br>営団地下鉄千代田線の霞ヶ関駅を中心とする電車内で、猛毒のサリンがまかれた。官庁、大企業の従業員を狙ったもので、その狙い通り、満員の電車に猛毒は牙をむいた。犯行はビニールに入れた液体サリンを傘でつつくという方法で行われ、車内は異常な臭いとともに悲鳴、うめき声に包まれた。日比谷線の築地駅など合計５駅でほぼ同時に襲撃された格好となり、朝の首都圏は麻痺状態に陥った。<br><br>後にオウム真理教という宗教団体の犯行とわかったこの事件では、地下鉄職員、乗客に死者１２名、重軽傷者５５００名超という犯罪史上類を見ない、テロ行為だった。<br><br>証券金融新聞の整理部記者杉浦も被害にあった。杉浦は日比谷線で通勤途中、不運にも築地駅で犯行が行われた電車に乗っていた。ただ、現場とは遠い車両にいたために、病院にはいかずに、タクシーを拾って会社に直行した。そして駅構内が大混乱となった朝の出来事を、興奮気味に周囲の同僚に話していた。その時、不意に杉浦は、<br>「どうして部屋に電気をつけないの。すごく暗いじゃないか」とつぶやいた。<br>同僚は「杉浦さん、何言ってるのよ。電気はついているし、太陽だって差し込んでいるじゃないですか」といぶかしげに返事をした。<br>「そうなのか。あれ、でもおかしいぞ。どんどん暗くなっていく」<br>周囲はそこで異常に気づいた。<br>「杉浦さん、もしかして、サリンにやられているんじゃないのか。おい、誰か、救急車を呼べ。急いで」<br><br>救急車で運ばれた杉浦は、精密検査の結果は異常なく、眼球の洗浄とその後の点眼薬だけで治癒できる見通しになった。しかし、杉浦の一件は、ごく微量のサリンでも失明を意識させた今回の事件の恐ろしさを物語るものとなった。同じ年の５月１６日にオウム真理教教祖の麻原彰晃（本名・松本智津夫）が、ようやく逮捕された。それでも、麻原から指示を受けた信者が、どこかでまた無差別殺人を起こすのではないかという懸念が、消えたわけではないのだった。<br><br>阪神大震災に続く、オウムサリン事件という立て続けに起きた歴史に残る天災、犯罪は、国民の消費や企業の設備投資意欲に大きな影響を与えた。将来的に何が起きるかわからないという心理状況をかもし出し、消費は低迷、設備投資も落ち込む傾向を示し始めた。バブル崩壊後やや持ち直しつつあった経済が停滞してしまっては、株価の上昇など期待できるはずがないのである。<br><br>４月入っても株価の下落が続き、マーケット関係者の中には９２年のバブル崩壊後の最安値１万４３０９円を割り込むとの観測すら出始めた。９２年は宮沢喜一内閣の金融引き締めなどの失政により、株価の下落を招いた局面だ。株価の下落も投資家にとって痛手だが、さらに深刻だったのは出来高の減少である。１日の出来高が１億株に満たない日もあるなど不振を極めた。証券会社の採算ラインが４億株といわれていたから深刻である。<br><br>証券会社は市場が開けば開くほど赤字が増加するという悪循環に陥った。安くなれば買いたいという投資家はいるはずだったが、政府がＰＫ０（プライス・キーピング・オペレーション＝株価維持策）を行っており、当局の買い支えで不自然な株価形成となり、市場参加者が激減してしまったのである。雑誌や一般マスコミが当時、「株式の死」と呼んだ惨状だった。出来高は８８年のバブルのピークには２８億株に達していたのが、たった１億株にも届かないのである。現在ではなんとか３〜４億株の商いとはなっているものの、相次いでメガトン級の悪材料が出現しているだけに、懸念は現実味を帯びつつあった。<br><br>そんな時期の編集会議が盛り上がるはずもない。３月決算企業の決算発表は５月末に集中するが、その人員のやりくりや、５月に遊軍が取り組む企画などが話し合われたが、部数増加の決定打についてはやはり出ないのだった。<br><br>そんな沈痛ムードの中、中井戸の隣に座っていた若手の記者が暇をもてあましたようにこちらを向いてささやいた。<br>「中井戸さん、佐藤崇って知ってますか」<br>えっ、と中井戸は顔を若手記者のほうに向けた。<br>「佐藤がどうしたって」。<br>「いや、昨日中堅証券の株式部長とお酒を飲んでたんですが、その時に佐藤崇が復活した。相場が少しは面白くなるぞっていうんです」<br>「佐藤が復活したって。奴は刑務所から出てきているのか。そうか、もう１０年以上になるんだものなぁ」<br>「知っているのですね。で、誰です？佐藤って」<br>「昔活躍した仕手筋だが、仮に今戻ってきたからといって、もう盛りは過ぎたんじゃないかな」<br>「へえ、有名人なんだ。その人」<br>その場は、中井戸が会議の発言を求められたことで、話は立ち消えになった。<br>しかし、帰宅途中、中井戸は佐藤崇が復活したとは酒の席の戯言だろうと思いながらも、心に引っかかるものを感じていた。<br><br>佐藤崇といえば、株式市場では伝説の仕手グループを率いた総帥で、野島鉄鋼の株価を釣り上げたことで名を挙げた。中井戸が証券界に身を投じる前のことなので、もちろん自分で野島鉄鋼の相場を見たわけではない。しかし、今でも取材先の証券会社では、「あの佐藤の時は……」などと歴史の教科書のように語られる人物であり、グループなのだった。しかし、彼は相場操縦かなにかの罪で逮捕されたのではなかったか。大きな社会問題にもなっただけに、一般の新聞にも出ており、中井戸は新聞でも読んだ気がする。もし、その佐藤とやらが本当に帰ってきたとしても、株式市場に影響を与えるだけの力量が残っているのだろうか。中井戸は今ひとつ、ぴんとこなかった。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=15">次を読む〜「胎動（10）」</a>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
			</description>
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			<pubDate>Fri, 11 Feb 2005 03:50:26 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（8）</title>
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			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<div class="columnImageLeft columnImageNoCaption" style="width:192px;">
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	</a>
</div>
<p>
中井戸はタクシーを降りると、北口方向にある自宅アパート方面に向けて歩き出した。旧中杉通りにある、酒の置いてあるコンビニエンスストアでビールを買い、自宅アパートに戻った。アパートは、築３０年は過ぎていようかというぼろ屋で、駅からは徒歩で１５分はかかる。安いだけが取りえの１ＤＫだ。どうせ一人暮らしで、帰ってくるのは夜遅く。
</p>
<p>
週のうち３回くらいは証券会社の情報担当者や事業会社、投資顧問関係者などと情報交換ついでの飲み会が入っていたから、まっすぐに自宅に向かうのはせいぜい週に１〜２回だ。土曜、日曜日も書きかけの原稿を進めたり、会社主催の株式講演会の講師に駆り出されたりして、大半は外出している。<br><br>そんな理由で日当たりにはとん着しなかったが、日当たりが悪い部屋というのはじめじめしたもので、しかも手入れなどしていないから帰宅は憂うつだった。部屋にはマーケット関係の書籍などがほこりをかぶって散乱している。<br><br>アパートを見上げて、ひとつため息をついた。意志を強くもってようやく玄関を明け、真っ暗の部屋に明かりとストーブをつけると、取りあえず缶ビールのプルトップを引き、喉を潤した。「この部屋じゃ、会社の人間は呼べないな」。紺野は別れ際に、一緒に車を降りてもいいかというような視線をよこしたようだが、それを振り切ったのには中井戸なりの理由があったのである。<br><br>中井戸は私立大学の法学部を１９８５年に卒業すると同時に、銀行系の証券会社に入社した。兜町支店で個人営業に従事したが、バブル相場のはしりでもあり、株式手数料収入はそれなりに上げていた。しかし、８７年のブラックマンデー（米国株価暴落に端を発した世界の株価崩落）に遭遇。証券業の先行きに疑問を感じて退社し、もともと調査畑志望だったこともあり、８８年１月に証券金融新聞社に中途入社した。以降は慣れない原稿執筆と格闘しながら、企業回りの企業部、債券・為替担当の金融部などを取材記者として歴任した。<br><br>証券会社時の同僚と８７年に結婚したが、証券金融新聞に移ってからは忙しさもあってすれ違いが多くなり、結婚生活は５年間でピリオドを打った。離婚の際のごたごたで預金の取り崩しを迫られたことも、安いアパートに決めた大きな要因となっているのだった。<br><br>明日は土曜日で本来は休みだが、調べものがあるために午後には出社しなければならない。時間は午前２時を回っていたが、酔いが醒めつつあり、アルコールを再注入しないと眠れそうになかった。ビールを飲み干すと、テーブルに置かれたウイスキーを洗っていない使いかけのグラスに注ぎ込んで、ストレートであおった。経済新聞の夕刊をつまみ代わりに手に取り、ぼんやりと眺めた。３杯目のグラスを傾け、意識が混濁していく中でも、株式市場を取り巻く状況や自分の人生の先行きへの不安感が頭をよぎるのだった。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=14">次を読む〜「胎動（9）」</a>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<pubDate>Fri, 04 Feb 2005 08:03:52 +0000</pubDate>
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			<title>胎動（7）</title>
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	</a>
</div>
<p>
ビジネスホテルに部屋を確保し、さらに飲むという他のメンバーから別れ、中井戸はタクシーを拾った。自宅が同じ方向の紺野という若い記者が小走りに「私も乗せてってください」と車に近寄ってきた。もう終電車は出た後で、帰る方法はタクシーしかなかったし、これ以上記者連中と杯を重ねても、話題が明るい方に向かうとは考えられなかった。
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<p>
紺野が乗車するのを確認して、運転手に「ＪＲの阿佐ヶ谷駅まで、お願いします」と自宅最寄の駅名を告げ、煙草に火をつけた。今日３箱目となる煙草の煙を大きく吸い込み、外の風景に目をやった。<br><br>そこで紺野が、「中井戸さんがさっきいってた、仕手株というのは何ですか」と聞いてきた。入社３年目の紺野は、株式市場で仕手株が動くのをみたことがないという。中井戸は「うん。まぁ、株式市場にたまに咲く、一種のあだ花のようなものだな」とぼやかし、「そんなことより、君は事業会社回りを進めるべきだ」などとよせばいいのに、中年のおやじよろしく、説教じみたことをいった。自らが上司から説教されることが嫌いなたちだけに、中井戸は自分の発言にその場で落ち込み、そして、煙草を灰皿に押し付けて消すと、思い直して仕手についての輪郭を語り始めた。<br><br>兜町では特定の団体・グループや個人が自らの利益を得るために動かす株式のことを仕手株と総称する。そもそも、仕手という呼び名は日本の伝統芸能である「能楽」・「狂言」からきているといわれる。能の舞台を演じるのは「シテ」と「ワキ」で、これはどの舞台でも同じ。シテは舞台の主役を指し、ワキは文字通り脇役を意味する。能・狂言の主役を張る「シテ」が転じて、「株式市場という舞台で主役を演じる」のが仕手（シテ）になったというわけだ。仕手の漢字も能の世界で当てられた。<br><br>仕手が操る「仕手株」の歴史は古く、戦後の１９４９年（昭和２４年）に東京証券取引所（東証）の売買が再開された時点では既に登場している。起源は戦前にさかのぼるわけだが、株式用語の多くがそうであるように、米など商品相場の中で生まれたようだ。昭和初期に小豆相場で大きく儲けた投機家がいて、この人物のことを誰が命名するではなく「仕手」と呼んだとの言い伝えが、兜町には残っている。<br><br>材料株とは何か材料が出たときに、その将来性を高く買う投資家が出ると、思わぬ相場に発展するような銘柄をいう。例えば、ある製薬メーカーにガンで有望な薬が出来そうだ、などとのニュースが報道されれば、将来多額の利益が計上されるに違いないとの見方が広がると、時に数倍の株価に暴騰するケースなどがそれだ。<br><br>仕手株にしろ、材料株にしろ、全般相場が軟調な時に活躍しやすい。全般相場が上潮の場合には、何もリスクを冒してまで値動きの荒っぽい銘柄を買う理由が少ない。逆にさえない相場が続くと投資家は、値動きのない主力銘柄を嫌って仕手株に乗る。大物が介入した仕手株や、大きな材料がある銘柄が長い間人気を集めると、利益を上げた投資家が次の銘柄を物色することで裾野が広がり、場合によっては全般相場の立ち直りの契機を作ったりする。株式市場とはそういう側面もある。中井戸が「せめて仕手株でも」と口走ったのには仕手・材料株に一縷の望みをかけているマーケット記者ならではの、やや屈折した心理を表していたのである。<br><br>「お客さん、阿佐ヶ谷の駅に着きましたよ」という運転手の声で中井戸は目を覚ました。紺野相手に仕手株のことを話しているうちに、いつの間にか寝てしまったらしい。紺野も運転手の声で起きたようだ。西荻窪に住むという紺野の家までに相当する運賃を紺野の手に握らせ、「次は西荻にやってください」と運転手に声をかけ、紺野にも「じゃあ……」と軽く挨拶をして、車を降りた。<br><br>もう一本、煙草に火をつけて自宅のアパートに向かって歩く。そこで「そういえば、９０年のバブル相場崩壊後は、まともな仕手株は登場していないんだよな」とつぶやいた。株価の崩落もそうだが、実体経済の悪化で仕手筋の資金源と目されていた不動産やノンバンクなど金融業界が経営危機に陥り、株式どころではなくなっていたことが背景にある。<br><br>また、当局による証券取引等監視委員会の設置で、投機筋が動きにくくなったことも追い討ちをかけているのだった。特定の銘柄の関与が著しくなると、５％ルール（発行株式の５％以上を保有した場合届出が必要）などで引っかかる。そうした状況下で、本格的な仕手の登場は困難そうだった。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=13">次を読む〜「胎動（8）」</a>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<comments>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/12.html#comment</comments>
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			<pubDate>Fri, 28 Jan 2005 03:24:26 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（6）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/11.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<div class="columnImageLeft columnImageNoCaption" style="width:192px;">
	<a href="http://blog.radionikkei.jp/archives/200501/076/large-1106320247.jpg" rel="highslide">
		<img class="columnImage" src="http://blog.radionikkei.jp/archives/200501/076/1106320247.jpg" alt="" width="180" height="178" />
	</a>
</div>
<p>
株式市場では震災をきっかけに建設株が急騰したが、それ以外の銘柄は、やはり震災による景気の落ち込みを懸念した売りが出て、相場はさえない動きとなっていた。９４年に日経平均株価は２万１０００円台に乗せたものの、震災を契機に２万円台の大台も割り込み、下値模索を余儀なくされていた。<br><br>１月末になって証券金融新聞社では兜町の安居酒屋で遅めの新年会を開いたが、出るのは部数の減少を愚痴る声ばかり。この日は編集局が中心だが、販売局や広告局からは「編集が面白い記事を書かないのが部数減少の要因」と戦犯扱い。全社の会議ではデスクの日高や総合キャップの中井戸が吊るし上げられるのがパターンとなっていた。
</p>
<p>
中井戸は「せめて個別材料株や仕手株でもにぎわってくれれば、個人投資家の部数は増加するのに」と焼酎を煽りながらつぶやけば、日高は「証券会社に売上を頼る販売方針こそ問題ではないか」などとすでに酔って赤い顔をしかめた。こうした状況では他の記者も意気消沈で、悪い酔いばかりが進む。<br><br>ただ、株式専門紙の宿命は相場が上がれば新聞が売れ、下がれば減るという、典型的な市況連動型産業であるという点だった。個人投資家は株価が上がれば投資の情報を得るために新聞を購入するが、下落局面では自分の保有する銘柄の株価すら見たくなくなるという構図なのである。記事の良し悪し以前に、株価の状態なのだった。「株式市場は経済を映す鏡」といわれるが、バブル経済崩壊の後遺症に加えて阪神大震災の影響が重なり、鏡は下向きを映すばかり。安居酒屋からカラオケへ、そして最後は上野のスナックと飲み歩いても皆の気分は晴れない。挙句には記者同士の言い争いになるという、後味の悪い新年会になってしまった。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=12">次を読む〜「胎動（7）」</a>
</p>
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				</div>]]>
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			<pubDate>Fri, 21 Jan 2005 02:37:13 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（5）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/10.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<p>
証券金融新聞は株式投資情報の専門紙で、部数はトップ。唯一全国販売を行っている。部数トップとはいえ、バブル経済の崩壊後はジリ貧続きで、現在ではピークに比べて約４割減の９万部前後をうろついている。為替、債券を扱う金融部や企業回り担当の会社部、マーケット担当合わせても記者３０名。全社でも２００名に満たない小さな所帯である。
</p>
<p>
日高は今日の紙面をどうするか考えた。田代ではないがマスコミの端くれとしては、被害状況にかんがみて建設株の急騰を煽るわけにはいかない。しかし、ストップ高が続出している建設株の、実際の値動きを伝えないわけにもいかず、さじ加減が重要になる。<br><br>手の空いている記者に「調査機関に取材して、経済に与える影響を聞け。まだ、数字なんかは出るわけないので、消費心理などへの懸念など、大雑把な感想でいい」、「各証券の被害状況もできる限り入手しろ」などと矢継ぎ早に指示した。記者は兜町の地回り取材に向かったり、追加の電話取材に追われた。<br><br>実際、証券各社では被害状況の調査に追われていた。大手、準大手といわれる証券会社は全国に支店網があるため、関西地区にも数多くの拠点がある。総務スタッフは社員やその家族の安否に加え、支店の入っている建物の被害状況、さらには本社と支店を結ぶコンピュータの状況などを一刻も早く把握する必要に迫られていた。<br><br>今日は休業するにしろ、顧客の注文回線の確保は証券会社にとって、まさに生命線である。また、事業会社の被害にも気を配らなければならない。自らが幹事証券を勤めている会社の動向次第では、資金調達の方策を練らねばならないからだ。<br><br>そうした市場関係者のあわただしい動きの中、芦屋地区から海岸方面をじっと見続ける男がいた。震災の発生直後からまんじりともせずに仁王立ちとなり、時刻はすでに昼を回っていた。火災はさらにひどくなり、空には報道のヘリコプターが十数機、蝿のように飛んでいた。眼下には救急車や消防車、それにパトカーの回転灯が無数に見えた。サイレンの音も時間を追うごとに大きくなっていく。<br><br>兜町から姿を消してからおよそ２０年。人々の記憶からはすでに消えているのかもしれなかったが、この男は歴史的な瞬間に遭遇し、運命のようなものを感じていた。そして、この一ヵ月後、東京に向かう新幹線の中にいた。男の名前は佐藤崇といった。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=11">次を読む〜「胎動（6）」</a><br>
</p>
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				</div>]]>
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			<pubDate>Thu, 13 Jan 2005 15:00:06 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（4）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/9.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<p>
午前９時・東京市場の売買開始。<br>予想通り、全般は買い手控えムードか強く、軟調な始まりとなった。震災の規模や被害の状況が確定されていない状況で、しかもあのテレビ映像を見た投資家に買い意欲がわかないのも当然といえる。<br><br>日本経済に与える打撃がＧＤＰ（国内総生産）の何パーセントとかのデータが出ればまだしも、震災発生からわずか３時間では売り買いの決断を下せるはずもない。
</p>
<p>
プロであるはずの機関投資家でさえ判断がつきかねている様子で、商いも閑散となっている。しかし、こうした中で猛然と買い人気を集めた業種があった。建設株である。大成建設、鹿島、清水建設、大林組のいわゆるゼネコン（総合建設）を始めとして、不動建設、五洋建設など、関西に地盤のある建設会社や港湾工事に強みのある企業が軒並み高に買い進まれた。<br><br>兜町は古来、生き馬の目を抜くといわれる。暴れた馬の目を射るほどしたたかなつわものがいる町という意味である。大量の死者が出ているにもかかわらず、経済への影響が憂慮されている状況でも、この場面で儲かりそうな企業を一瞬にして選別し、命から２番目に大切であるはずのお金を惜しげもなく投資する。ここはそういう町なのである。投資家は今後想定される「復興需要」を早くも織り込み始めたのだ。あれだけすごい震災なのだから、きっと復興にかかる資金規模も政策支援もスケールの大きなものにはずだ。震災発生後わずか３時間で投資家はそう判断したに違いない。<br><br>電話取材をしていた同僚記者の田代節也はやや青ざめた表情で受話器を置いた。<br>「中井戸ちゃん。建設株の買い注文誰が入れているか知っているか」。<br>「目ざとい個人投資家ってところじゃないのか」。<br>「それはそうなんだが、不動建への大手Ｎ証券経由の注文は神戸支店からの取次ぎらしい。被害の少なかったのは金持ちが多く住む芦屋地区だって、さっきテレビでもいってたろう。その高台に住む連中が、臨海地区や住宅密集地域の悲惨な状況を見て、Ｎ証券の神戸支店に押しかけてきたっていうんだ。支店は休むつもりだったらしいが、お客の数が多くて急きょ開店したってわけだ。電話が通じなくて、直接足を運んだということだろう」。<br>「そして、その金持ち連中が買い注文を出したのが不動建を始めとした建設株とういうわけだ」。<br>「まあそういうことだ。おれもこの商売に入って長いけど、投資家というのは自分の利益のためなら何でもありというのを改めて認識したよ。死人が山ほど出ているのに、それを好機ととらえる。マスコミの端くれとしては、なんだか微妙な感覚だね」と割り切れなさそうにつぶやいた。<br><br>人の不幸ですら、自らの利益獲得のチャンスととらえる、兜町の真骨頂ともいえる現象である。株価が上がりそうなら買い、下がりそうなら売る。投資判断には情緒的な感傷や、政府の意向といった大儀名分は入る余地はない。ひたすら自らの利益のために動く。これが相場というものなのだ。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=10">次を読む〜「胎動（5）」</a><br>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<pubDate>Thu, 13 Jan 2005 15:00:05 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>胎動（3）</title>
			<link>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/8.html</link>
			<description><![CDATA[
				<div class="newsTextBox">
<p>
田名部は「だめです。何度かけても大阪には電話が通じません」と悲壮な声を上げた。通信インフラが地震で痛手を受けたのか、あるいは安否を確かめる電話が殺到し、回線が混雑しているのか。あるいはその両方かもしれなかった。<br><br>日高は編集局内に１台だけある携帯電話を取り出し、田名部に渡しながらいった。「これでコールをし続けろ。とにかく連絡がつかなければ、今日の記事はもとより、新聞の発送にも影響する」。
</p>
<p>
携帯電話なら途中の回線を飛ぶことができるうえ、緊急時には一般回線よりもつながる可能性が高くなる。この時間では総務部などの事務方や広告、販売局なとのスタッフはまだ出社していないこともあり、日高の指示は的を射ていたといえる。<br><br>中井戸たち記者の仕事もあわただしさを増してきた。時間の経過とともに記者が続々と出社してきた。取材先である証券会社の関西方面支店の被害状況や、大阪証券取引所の売買がなされるのかどうか。そして、最も重要なのは大震災が東証での売買に与える影響である。<br><br>ただでさえ低迷している日本経済が、今回の震災で一層落ち込む可能性も否定できない。少なくとも投資家がそう考えれば、まとまった売りが出るかもしれないのである。被害状況がまだよくわからないため、テレビ報道を、横目に手探りの取材になる。中井戸は電話を取り、市場関係者や調査機関などに手当たり次第に取材を進めていった。<br><br>大証は１日休場することが決まった。各証券会社の被害状況を見極めるためだが、交通が寸断されているため、被害がなくても出社できない社員が続出した。大阪証券取引所の職員も集まらないといい、休場はやむをえない措置といえる。<br><br>一方、大証の周辺地域は北浜と呼ばれ、東京証券取引所がある兜町と並ぶ証券会社の密集地帯。この付近は震度４前後だったが、ビルの一部が倒壊したり、窓ガラスが割れるなどの被害が出ていた。証券金融新聞社の大阪支社もこの北浜の外れにあったが、幸い棚や照明器具が破損した程度で、大きな被害はなかった。ただ、通信インフラがやられ、東京本社に連絡できない状況が続いていた。<br><br><a href="http://blog.radionikkei.jp/wajima/index.php?ID=9">次を読む〜「胎動（4）」</a><br>
</p>
					<br class="clear" />
				</div>]]>
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			<comments>http://blog.radionikkei.jp/wajima/category-365/8.html#comment</comments>
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			<pubDate>Thu, 13 Jan 2005 15:00:04 +0000</pubDate>
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