聴く日経

radiko

ラジオNIKKEIスタイル! ラジオで、ケータイで、iPodで、パソコンで。いつでもどこでも情報はラジオNIKKEIから。

怒濤(11) [怒濤]

2005/11/25(金) 06:00 投稿:和島英樹  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 17 )

 翌朝、中井戸は腕の重みで目が覚めた。由美子がぴったりと寄り添い、中井戸の右腕を枕代わりにして、こちらに顔を向けて休んでいる。起こさないように時計に目を向けると、午前7時を過ぎたところだった。由美子の顔に目を戻すと、動きを察知してか目を覚ましたようだ。「おはよう」と声をかけると「おはよう、今何時ですか」と聞いてきた。「7時を回ったところ。もう少しゆっくりする?」、「朝ごはんの時間ね。起きなくちゃ」といった。中井戸は「そうだね」といいながら、昨晩、ついに結ばれたことを考えるといとおしくなり、由美子を軽く抱しめ直すと、口づけをした。由美子も中井戸の体に腕を回して、力を込めた。「愛している」、「はい」。短いやり取りの後、体を離すのはためらわれたが、いつまでもきりがない。「さあ、準備をして、朝食にいこう」という中井戸の一声をきっかけに、二人は洗面など支度を整え始めた。

 朝食を終え、コーヒーが運ばれた。何となく、照れくさい感じが残り、どことなくぎこちない二人を、のぼってきた太陽がレストランのガラスを通して暖かく包んでいる。「今日もいい天気だね。天候に恵まれたのも、日ごろの行いが良いからだね」と中井戸がいうと、「行いが良いのは私の方かしら」と微笑んだ。中井戸は以前、社員旅行で熱海に来た時に地元で聞いた「後朝(きぬぎぬ)の珈琲(コーヒー)」という言葉を思い出した。本来は熱海の芸者が座敷についた客と翌朝に待ち合わせて飲むコーヒーを「後朝の珈琲」というのだそうだ。お客に感謝の気持ちを込めて送り出すと、次の座敷につながるというもので、今ではそういう風習はなくなりつつあるという。中井戸は芸者遊びなどしたことはない。しかし、「後朝」という言葉が印象的で、何となく覚えていたのである。意味は違うが、二人は結ばれた翌朝のコーヒーを飲んでいる。今飲んでいるコーヒーも後朝の珈琲といえなくもない。由美子は中井戸が考え事をしているのかと思い、「どうしたの」と尋ねたが、説明して変に誤解されても困るので、「いや、なんでもない」と微笑み返した。

 チェックアウトを済ませ、宿の前で従業員に二人の写真を撮ってもらう。徒歩で熱海駅に戻り、そこからバスに乗る。MOA美術館までは10分ほどの時間だ。中に入ると長いエスカレーターを何回も乗り継ぐ仕組みで、それ自体が贅沢な空間になっている。山の中腹から頂上近くまでをこうして登り、美術館の本体に到着する。中井戸は絵画など美術にはほとんど関心がないので、由美子の後に従って見学して回る。尾形光琳の特集が組まれている。その中の紅梅と白梅が書かれている屏風絵だけは、さすがに中井戸も知っていた。正式には「紅白梅図屏風」といい、国宝だ。毎年梅の季節になると尾形光琳の名品展が開催されているそうだが、由美子によると、これはMOA美術館の所蔵であるから可能なのだった。確かに光琳の絵がいくつも飾られ、ほかにも漆工芸品や、仏教彫刻などが展示されていた。
美術館の外には茶室があり、気軽に抹茶が飲めるようになっている。茶室の庭にも梅が咲いており、ほのかな香りが漂っている。由美子は「満足しました。尾形光琳の紅白梅図屏風は特にいいわね」といった。中井戸は「絵とかはよくわからないけど、屏風絵は理屈抜きにきれいだったね。今回の旅行は梅尽くしだ」と茶室から見える梅を見ながらつぶやいた。「梅尽くしねぇ」と由美子は笑いながら、「退屈じゃなかった?」と聞いた。「ぜんぜん。都会の美術館と違って、景色もいいし、建物も面白かったしね」と答えた。「なら、良かった。素敵な旅行を、本当にありがとう」と頭を下げた。

熱海駅に戻り、新幹線に乗ると、東京駅はすぐである。これから家に戻って仕事の準備をするという由美子とは東京駅で別れた。いつもは切ない時間だが、今回の旅行で二人の絆をしっかり確かめたので、少しは落ち着いて見送ることができた中井戸だったのである。


 

URL

URL

全17件中 1件 ~ 17件を表示

1Re: 怒濤(11)

 おはようございます。
 ディレクタァさま。また、見事な写真ですね(^^;。
 物語が肩透かし、との声も聞こえてきそうですが……f^_^;

2005/11/25  09:39  : わじま / 編集

2Re: 怒濤(11)

おはようございます。
お二人素敵な一夜を過ごされたようですね。(うっとり)

>起こさないように時計に目を向けると

・・・。この優しさ。こう言う所に魅せられてしまいます。

>いとおしくなり、由美子を軽く抱しめ直すと、口づけをした。

>短いやり取りの後、体を離すのはためらわれたが、いつまでもきりがない。

この感じ!余韻を楽しむというか・・・。由美子さんも至福の時だったのではないでしょうか。
中井戸氏、大人〜。
右腕を外さずに朝まで過ごされては大変だったでしょうね。でも、この優しさに女性は感激したり、安心感を覚えたりするのですねぇ。(笑)
(実は女性側も首が辛かったりすると思うのですが・・・。でも外せない。(笑)

>何となく、照れくさい感じが残り、どことなくぎこちない二人を、のぼってきた太陽がレストランのガラスを通して暖かく包んでいる。

思わず口元が綻んでしまいました。
有りますよね。この感じ♪
微笑ましい。情景が浮かびます。

>「後朝の珈琲」

粋な風習ですね。そう言う素敵な物は後世にも続いて欲しい物です。

>説明して変に誤解されても困るので、「いや、なんでもない」と微笑み返した。

これは正解かも!(笑)下手に説明して誤解され、折角の良い雰囲気を壊しかねませんよね。(私みたいな早とちりもいる事だし(笑)
微笑み返した中井戸氏を想像してしまいました。

MOA美術館・・・。私にとっては、近くまで行っておきながら、時間の都合で寄れず、「近いし、また来ればいいね。」なんて言ったきり、そのままになった美術館でした。(苦笑)
「東洋の美が楽しめる場所」だと芸術家のたまごの友人から聞いて行ってみたいと思いつつ、そのままになっていましたが、これは是非行かねばなりませんね。
不思議な物で、大原美術館、西洋美術館他、遠くの催し物にはわざわざ出かけるのに、灯台下暗し、素敵な場所のようですね。
今まで行った中ではウフィッチー美術館やオルセー美術館も素敵でした。
改修工事でオランジェリー美術館のモネの睡蓮の連作が見れ無かったのが心残りでは有りますが。
あちらの美術館も建物自体も素晴らしく、歴史を感じさせ、入った瞬間違う空気に包まれます。ルーブルも勿論良かったのですが、ゆっくり見て周るには相当な時間がかかりそうです。
最近は日本画も好ましく、以前、伊香保に行った際、たまたま寄った個人の美術館で見た屏風が素敵で、以来、お寺等に施された襖絵等も楽しむ様になりました。

>中井戸は絵画など美術にはほとんど関心がないので、由美子の後に従って見学して回る。

これ、ありがちですよね。(笑)由美子さんではないけれど、一緒に回って退屈ではないかなぁ。と心配になる事があります。でも、同じ物をみて美しいと思え、楽しめる事がまた嬉しかったりもするのですよね。
来春にでも梅の季節に行って見たいと思います。楽しみ♪
当時より、趣を感じられる年頃にもなりましたし(笑)
中井戸氏と由美子さんを思い浮かべながらニヤニヤしてしまいそうですが(笑)

>今回の旅行で二人の絆をしっかり確かめたので、少しは落ち着いて見送ることができた中井戸だったのである。

二人の関係の変化が現れていますね。
こう言うのは苦手と言いつつ、凄く上手く書けていると思います。
随所に中井戸氏の優しさが感じられ、益々ファンになってしまいました。
予想はしていましたが、やはり今日は相場所では有りません。(苦笑)
画集を広げ、芸術の秋に浸ってみようかな。
毎度の事で長文の感想すみません。
朝から幸せな気分になれました。

2005/11/25  09:56  : Fluorite / 編集

3Re: 怒濤(11)

感想を入れている間に絶妙なお写真。
ディレクタァ様、いつ原稿を渡され、お写真を用意なさるのでしょうか。
あっぱれ!ですね。
このコンビネーションが小説を盛り上げてくれるのですね。

>物語が肩透かし、との声も聞こえてきそうですが……f^_^;

確かに「え?!もう翌朝?!」と一行目を読んだ時には思いましたが(笑)
好ましい展開&描写に安心感を覚え(あちらの小説の様だったらどうしよう・・・。と一抹の不安も有りましたが(笑)和島さんならではの文面に朝一拝読後、顔が緩みっぱなし、どうしましょう。と言う感じです(笑)
ディレクタァ様の反応を伺いたい所です。
この後の中井戸氏の仕事ぶりが期待される所ですね。
リフレッシュして更に冴え渡るもう一つの顔が見れる事でしょうね。
この恋の行方同様、楽しみです。

2005/11/25  10:11  : Fluorite / 編集

4Re: 怒濤(11)

>茶室の庭にも梅が咲いており、ほのかな香りが漂っている。

この時の香り、情景、由美子さんには忘れられない物になるでしょうね。
良いなぁ〜。
何回読み返しても暖かな気持ちになりますね。

2005/11/25  11:30  : Fluorite / 編集

5Re: 怒濤(11)

>>ディレクタァさま。また、見事な写真ですね(^^;。
ありがとうございます。本当は過激なシーンを想定した写真を多数用意しておりましたが、お蔵入りになりそうです(涙)。
ちなみに、密かに先週の写真も褒めてほしかったです(笑)。かなりセレクトに悩みました。某モデルに三つ指つかせて撮ろうとしましたが、どうしても畳の部屋が見つからず断念(笑)。

>>物語が肩透かし、との声も聞こえてきそうですが……f^_^;
↑出だしが「バス」だったら入稿拒否でしたが、ちゃんと絡みも描写されていたのでOKを出しました(謎)。

本文もさることながら、朝からFluoriteさんが3連チャンで投稿されていることに驚きました。ひょっとして今日はトレードそっちのけ(^^)?

2005/11/25  11:41  : 週末株ディレクタァ / 編集

6Re: 怒濤(11)

ディレクタァ様、こんにちは。
先週のお写真も勿論、素敵だったのですが、お話の急展開に子供は頭がクラクラ(笑)お写真の感想を述べるのを忘れておりました。(失礼)
確かにセレクトに悩む展開でしたよね。

>某モデルに三つ指つかせて撮ろうとしましたが、どうしても畳の部屋が見つからず断念(笑)。

これも見てみたかったですね。でも、それこそ皆さん、お仕事にならないですよね。男性陣、プリントアウトしてお財布に忍ばせるかも?!(笑)
某モデルがどなたか気にもなりますが、追求はやめておきましょう。

連続投稿すみませんでした。
ご推察通り、トレード所では有りません。朝の支度時も顔がほころぶのを抑えるのに必死(笑)
それでも・・・。と思い、MSを一旦立ち上げましたが、やはりまた読み返したくなり、果てに私の心情の解るトレード仲間にメールにて報告♪困った物です。(笑)
後場もおそらく無理でしょう(笑)
ま、こんな日が有ってもいいかな。と今日はほんわかムードを楽しみ、来週頑張ります!

>本当は過激なシーンを想定した写真を多数用意しておりましたが、お蔵入りになりそうです(涙)。

これも後に必要になるかも知れませんから温存しておかれては?!(笑)
なんて別の意味で相場所ではなくなってしまいそうなので程々でお願いします。

2005/11/25  12:48  : Fluorite / 編集

7Re: 怒濤(11)

 こんにちは。
>本当は過激なシーンを想定した写真を多数用意しておりましたが、お蔵入りになりそうです
>これも後に必要になるかも知れませんから温存しておかれては?!(笑)
↑え〜〜っ(>_<) 。う〜ん(不明)。

2005/11/25  14:04  : わじま / 編集

8Re: 怒濤(11)

こんにちは。

>え〜〜っ(>_<) 。う〜ん(不明)。


またまた困惑させてすみません(笑)
今回はともかく、これから始まる長い作家活動においてはそんな場面も出て来るかと?!(謎)

今後はプライベート面ではご両親との対決?!(大げさ)、オフィシャルでは「一声の会」、丸松農林の行方と、まだまだ盛り沢山ですね。
羅針盤無き・・・。と以前有りましたが、和島さんの中でそろそろ行き先が見えてきた頃でしょうか。
次作も期待しつつ、今後の行方を見守りたいと思います。

2005/11/25  14:57  : Fluorite / 編集

9Re: 怒濤(11)

またも連続投稿すみません。
先程、メールを入れたトレーダー仲間より、「ようやく用語も少し理解し始め、読み始めようと思っているので、連載終了後もWEB上に暫く残しておいて欲しい」との要望が有りましたので、お伝えしておきます。
こちらも私同様、投資ビギナー、週末株!同様、熱心なリスナー(読者)になって頂けると思います。
感性豊かな素敵な方です。コメントが入るのが楽しみ♪
和島さん、ディレクタァ様、よろしくお願いします。

2005/11/25  16:23  : Fluorite / 編集

10Re: 怒濤(11)

はじめまして。
Fluorite女史よりご紹介をいただきました昼顔と申します。
トレーダーのお仲間に入れていただくにはまだまだ知識・勉強・経験不足ではございますが、恋愛は初心者にあらず?(笑)、貴小説も前回、今回は十分な理解をもって拝読いたしました。

「後朝の珈琲」のくだり、熱海の芸者さんの風習は興味深かったです。
翌朝待ち合わせてコーヒーを飲む、それだけでも男性客には「夜明けのコーヒー」(死後でしょうか)を期待させ、営業効果大であったのかもしれません。
「後朝」という言葉、いい響きですね。この文字を目にしたのは高校時代の古典以来です。
雅な時代には一夜をともにした後、別れを名残り惜しんで互いの衣を取り替え、男は女の家を後にする…のでしたでしょうか?(うろ覚えですが)
翌朝、美術館鑑賞後、帰路につくあたり
、何となくこれに通じるものがありますね。

>いつもは切ない時間だが、今回の旅行で二人の絆をしっかり確かめたので、少しは落ち着いて見送ることができた中井戸だったのである。

世の男性はこういう気持ちがあるため、逢瀬の別れ際でもサバサバしていたのですか!(笑)。
反面、由美子さんの胸のうちは…女性としてはやはり寂しさがあったのでは?
でも連泊をおねだりしたり、あからさまに寂しさを口にしないところは、さすがに大人の女性。見習わなくては…

次回はこういったムードあふれる内容ではなく、第一線で活躍する中井戸氏が描かれるのでしょうね。
初心者の読者もおります故、お手やわらかにお願いいたします。
それでは、次回も楽しみにしています。

2005/11/28  00:45  : 昼顔 / 編集

11Re: 怒濤(11)

昼顔様
おはようございます。来てくださってありがとうございます。

>恋愛は初心者にあらず?(笑)

何とも心強いお言葉♪
勉強させてください。(笑)
未熟者ゆえ・・・。(お子様級)

投資、一緒に楽しみながら頑張りましょう。週末株!Blogの方にもいらしてくださいね。お待ちしてます。

2005/11/28  08:03  : Fluorite / 編集

12Re: 怒濤(11)

おはようございます。

>恋愛は初心者にあらず?(笑)

大きなことを申しました(冷や汗)。
あくまでも投資よりは…です。
こちらにお邪魔できるのは、ごく限られた(前回、今回のような)シーンになりますが、またよろしくお願いします。

2005/11/28  08:28  : 昼顔 / 編集

13Re: 怒濤(11)

>こちらにお邪魔できるのは、ごく限られた(前回、今回のような)シーンになりますが、またよろしくお願いします。

では今後も渡島先生(和島さん)に苦手シーンも織り交ぜながら頑張ってもらわなければですね(笑)
オフィシャルシーンの中井戸氏も魅力的ですよ。
途中、用語解説も有ったりと、今後の投資に役立つ事間違いない?!私もこの小説から相当学ばせて頂いております。是非、読み進めて下さいね!

2005/11/28  10:08  : Fluorite / 編集

14Re: 怒濤(11)

 昼顔さま
 おはようございます&よろしくお願い致します。。
>恋愛は初心者にあらず?(笑)
↑参りました(^^;!。
>次回はこういったムードあふれる内容ではなく、第一線で活躍する中井戸氏が描かれるのでしょうね。
↑最初はこの線だけで書くはずだったのですが(>_<)〜〜。今後ともご指導くださいませm(__)m

2005/11/29  07:42  : わじま / 編集

15Re: 怒濤(11)

和島さん!!

ちょっとご無沙汰している隙に、
何とも大人の展開になってしまっているではないですか!!!!!!

スイマセン。私は結構恋愛が苦手なもので、何か読んでると恥ずかしくなってきちゃいましたが、でも、とっても雰囲気が出ていて良いですね〜っ。

まさに大人の小説ですね。このままあと1年くらい続けて欲しいなー。(作者の苦労も考えず勝手言ってスイマセン)

2005/12/5  18:37  : マスター / 編集

16Re: 怒濤(11)

>>私は結構恋愛が苦手なもので・・・

うっそー、そんなことないでしょー♪

2005/12/5  18:48  : 週末株ディレクタァ / 編集

17Re: 怒濤(11)

>>私は結構恋愛が苦手なもので・・・

うっそー、そんなことないでしょー♪

↑どちらが本当でしょうか。(笑)

>まさに大人の小説ですね。このままあと1年くらい続けて欲しいなー。(作者の苦労も考えず勝手言ってスイマセン)

↑賛成!!マスター様同様、ちょっと
クラクラしますが、楽しませて頂いています♪

2005/12/5  19:20  : Rutile / 編集

コメント投稿フォーム

※コメントに関する注意 [必ずこちらの内容に同意の上でご利用ください]
名前[必須]
メールアドレス (表示はされません)
URL (名前にリンクされて利用されます)
タイトル[必須]
コメント[必須]
パスワード[必須] (コメント削除時に利用します)

カテゴリー

2012/5

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

記事情報

最近のコメント

ご意見・お問い合わせ



ページ上部へ ページ上部へ