翌朝、中井戸は腕の重みで目が覚めた。由美子がぴったりと寄り添い、中井戸の右腕を枕代わりにして、こちらに顔を向けて休んでいる。起こさないように時計に目を向けると、午前7時を過ぎたところだった。由美子の顔に目を戻すと、動きを察知してか目を覚ましたようだ。「おはよう」と声をかけると「おはよう、今何時ですか」と聞いてきた。「7時を回ったところ。もう少しゆっくりする?」、「朝ごはんの時間ね。起きなくちゃ」といった。中井戸は「そうだね」といいながら、昨晩、ついに結ばれたことを考えるといとおしくなり、由美子を軽く抱しめ直すと、口づけをした。由美子も中井戸の体に腕を回して、力を込めた。「愛している」、「はい」。短いやり取りの後、体を離すのはためらわれたが、いつまでもきりがない。「さあ、準備をして、朝食にいこう」という中井戸の一声をきっかけに、二人は洗面など支度を整え始めた。
朝食を終え、コーヒーが運ばれた。何となく、照れくさい感じが残り、どことなくぎこちない二人を、のぼってきた太陽がレストランのガラスを通して暖かく包んでいる。「今日もいい天気だね。天候に恵まれたのも、日ごろの行いが良いからだね」と中井戸がいうと、「行いが良いのは私の方かしら」と微笑んだ。中井戸は以前、社員旅行で熱海に来た時に地元で聞いた「後朝(きぬぎぬ)の珈琲(コーヒー)」という言葉を思い出した。本来は熱海の芸者が座敷についた客と翌朝に待ち合わせて飲むコーヒーを「後朝の珈琲」というのだそうだ。お客に感謝の気持ちを込めて送り出すと、次の座敷につながるというもので、今ではそういう風習はなくなりつつあるという。中井戸は芸者遊びなどしたことはない。しかし、「後朝」という言葉が印象的で、何となく覚えていたのである。意味は違うが、二人は結ばれた翌朝のコーヒーを飲んでいる。今飲んでいるコーヒーも後朝の珈琲といえなくもない。由美子は中井戸が考え事をしているのかと思い、「どうしたの」と尋ねたが、説明して変に誤解されても困るので、「いや、なんでもない」と微笑み返した。
チェックアウトを済ませ、宿の前で従業員に二人の写真を撮ってもらう。徒歩で熱海駅に戻り、そこからバスに乗る。MOA美術館までは10分ほどの時間だ。中に入ると長いエスカレーターを何回も乗り継ぐ仕組みで、それ自体が贅沢な空間になっている。山の中腹から頂上近くまでをこうして登り、美術館の本体に到着する。中井戸は絵画など美術にはほとんど関心がないので、由美子の後に従って見学して回る。尾形光琳の特集が組まれている。その中の紅梅と白梅が書かれている屏風絵だけは、さすがに中井戸も知っていた。正式には「紅白梅図屏風」といい、国宝だ。毎年梅の季節になると尾形光琳の名品展が開催されているそうだが、由美子によると、これはMOA美術館の所蔵であるから可能なのだった。確かに光琳の絵がいくつも飾られ、ほかにも漆工芸品や、仏教彫刻などが展示されていた。
美術館の外には茶室があり、気軽に抹茶が飲めるようになっている。茶室の庭にも梅が咲いており、ほのかな香りが漂っている。由美子は「満足しました。尾形光琳の紅白梅図屏風は特にいいわね」といった。中井戸は「絵とかはよくわからないけど、屏風絵は理屈抜きにきれいだったね。今回の旅行は梅尽くしだ」と茶室から見える梅を見ながらつぶやいた。「梅尽くしねぇ」と由美子は笑いながら、「退屈じゃなかった?」と聞いた。「ぜんぜん。都会の美術館と違って、景色もいいし、建物も面白かったしね」と答えた。「なら、良かった。素敵な旅行を、本当にありがとう」と頭を下げた。
熱海駅に戻り、新幹線に乗ると、東京駅はすぐである。これから家に戻って仕事の準備をするという由美子とは東京駅で別れた。いつもは切ない時間だが、今回の旅行で二人の絆をしっかり確かめたので、少しは落ち着いて見送ることができた中井戸だったのである。
すぐに指定された夕食の時間になったが、高い宿ではないので、食事は別の場所で取ることになっている。ビールを頼んで乾杯し、魚を中心とした料理を楽しみながら、由美子の海外での仕事ぶりや、中井戸の最近の様子などを話し合った。梅祭りの期間中ということもあり、和風なレストランの席は見る限り、ほぼ埋まっている。ただ、個別に仕切られている椅子席なので、プライベートは確保されるという作りになっている。「今日は人がたくさんいるね」というと、「あれだけの梅が見られるのだから、やはりこの季節を狙ってくる人が多いのでしょう。よく、宿が取れたわね」と返事をする。ややざわついてはいるものの、そうした中での夕げの方が、今日は落ち着く感じもする。ひっそりした中では、中井戸は二人の会話の間が持たなくなるのでは、と思ったからだ。「梅祭りは本当に偶然だった。知っていて選んだのなら、かっこよかったけどね」と頭をかいた。そうこうしているうちに、テーブルの食事が一段落した。中井戸が「部屋に帰って、飲み直そうか」というと、「ええ、そうしましょう」といい、由美子はごちそうさまのポーズをとった。
予想はされていたことだが、部屋に戻ると既に布団が二組、ぴったりとくっつくように敷かれている。部屋の電気も暗めの設定だ。中井戸は急激に緊張してくるのを振り切るように、メインの電気をつけて、「ワインは冷蔵庫に入れたんだったよね」とやや大きめの声で尋ねた。「そうよ。おつまみは冷蔵庫の脇に置いたわ」と由美子は微笑みながら返事をした。窓際に3畳ほどの仕切られた空間があり、そこには小さなテーブルと椅子2脚が置かれている。そこにワインをおき、コップを持ってきた。ワインの栓を開けて、由美子のコップに注ぐと、「ありがとう」といい、ボトルを持ち替えて中井戸にも注いでくれた。そして、そっとグラスを重ねた。「正月以来だね」と中井戸。
「私は結構、時間が早く過ぎた感じがしたわ。最近は電話や手紙もくれるしね」
「うん、確かに時間は早く過ぎたかもしれない」
「今日、旅行にくること、両親に言ったら、『誰と行くの?』と母に聞かれたから『証券金融新聞の中井戸さんです』って正直に答えたわ」
中井戸はワインをこぼしそうになりながら「本当に?、それでご両親はなんと」とかろうじて聞き返した。
「由美子が選んだ人だったら、心配はしていないって。この前、正月に写真を撮ってくれたでしょ。あれも親に送ったの。今、この人とお付き合いしていますという手紙と一緒にね。貴方の人柄も精一杯伝えたつもりだから、理解してくれていると思う。行き先は駅に行くまでわからないって、言ったら笑っていたわ」
中井戸は絶句した。中井戸は親にも何も言ってはいないし、打ち明けたのは橋北だけである。自分の常識のなさにへき易し、まず、由美子の両親にきちんとあいさつするという、基本を怠ったことを悔いた。
「ごめん。先にきっちりご両親にあいさつするべきだった」と深々と頭を下げた。
「いいの。だって貴方が土日も仕事しているくらい忙しいのは知っている。親もそれは知っているわ。今回、旅行にくるのもスケジュール調整が大変だったのでしょう。そんな中でも連れてきてもらって感謝しています。でも、今回は無理だけど、そのうち、うちに遊びに来てね。両親はてぐすねを引いて待っているわよ」と微笑んだ。そして、「さあ、温泉にもう一回入りましょう」というと立ち上がって中井戸の手を取った。
先に風呂から中井戸が戻り、コップなどの片づけをしていると由美子が帰ってきた。「明日は帰る前にMOA美術館が見たいな」といった。昼前の新幹線で帰るので、時間はそんなにないが「そこなら、バスですぐのところだから大丈夫」と答えた。片づけが終わり、中井戸が「そろそろ寝ようか」というと、由美子は床の間を残して全ての電気を消した。中井戸が布団に入ろうとしゃがんだ時、由美子はわずかに残った明かりの影で、畳にきちんと三つ指をつき「ふつつかものですが、よろしくお願いします」とていねいにお辞儀をした。ゆっくりと起き上がると中井戸の布団にもぐり込み、しっかりと抱きついてきたのだった。
当日は昼過ぎに、東京駅の新幹線乗り場入り口で待ち合わせた。中井戸は早めに着いていたが、ほどなく、薄いベージュ色のコート、同系色のスカートを身につけた由美子が小走りにやってくる。一泊なので荷物はやや大きめのバックひとつだ。熱海に行くというのはこの場で告げたが、「私、熱海は初めてだから楽しみ」といってくれたので、少し心が落ち着いた。
由美子にチケットを渡し、新幹線に乗り込むと、久々の再会を喜び、近況を話し合った。熱海までは1時間足らずで着く。これくらいの移動時間なら、由美子の旅の疲れも少ないとの中井戸の配慮でもあった。週末で新幹線は混雑していたが、熱海で降りると駅前にも人ごみがあった。駅前の看板を見て、理由はすぐにわかった。熱海梅園の梅祭りの最中だったのである。そうか、2月というのはもう、春の入り口なのだ、と中井戸は思った。由美子は「熱海梅園の梅祭りなのね」といい、中井戸は「偶然だけど、いい時期に来たね。せっかくだから見にいこう」と誘った。
バスに乗り、15分くらいで熱海梅園に着くと、大勢の人でにぎわっている。熱海梅園は3万4000平方メートルの園内に冬至梅や八重寒江などの梅約730本が植えられていると、観光案内でもらったパンフレットに書いてあったが、実際すごい数の梅が咲いている。二人は手をつないで園内を散策し、休みどころでは甘酒を飲んだ。梅の香りがどこからともなく漂ってくる。中井戸が「日本に帰ってきた、という感じでしょ」というと、「本当にありがとう。きれいだし、いい香りがする。まさに日本の春という感じ」と喜んだ。梅祭りは偶然だったが、うれしい偶然を神に祈りたくなる心境だった。園内をゆっくり散策した後、再度バスに乗り込み、熱海駅に戻った。既に夕暮れ時で、二人は熱海駅を右手に見ながら、目指す宿に向かう。途中やや下り坂にある商店街で、ワインや名産のかまぼこなどを仕入れた。夜に一杯飲もうとの算段だ。宿には10分くらい歩いて着いたが、以前来たときよりもやや古くなっている感じがした。しかし、由美子は「日本の旅館という雰囲気でいいわ」と気に入った様子なので、中井戸はホッとした。
宿に来訪を告げると仲居が部屋に案内してくれる。「今日は梅祭りに行かれたのですか」と聞かれ、由美子が「はい。すごくきれいでした」と答えた。宿帳に記帳する時に少し迷ったが、中井戸玲次と書いた下の段には「由美子」と名前だけを書き添えた。それを確認した仲居が「奥様、当方は温泉も自慢ですよ」といい、夕食の時間を伝えて退いた。仲居さんがいなくなるのを確認した由美子は「奥様だって」と中井戸を振り返って笑った。中井戸はややひるみながら、「おっ、温泉に行こうか。お勧めだって言うし……」と話題を切り換えた。
温泉にゆったりつかりながら、中井戸は疲れが心から取れるような気がした。由美子が一緒だということが最大の要因なのはいうまでもないが、彼女との旅行に来たおかげで、丸松農林の仕手戦の取材や、現場に理解を示さない会社の上層部とのやり取り、経営が芳しくない会社の状況などの苛立ちから開放されたようだ。
部屋に帰って荷物の整理などをしていると、由美子が帰ってきた。浴衣姿の由美子は湯上りということもあってか、一段と艶やかに見えた。「いいお湯だったわ。すっかり遅くなってごめんなさい」といった。しばらく見とれた後に、「いや、今日は由美子がゆっくりするために温泉にきたのだから、気にしなくていいよ」といった。
翌日からも丸松農林は上昇し、底割れの危機は完全に脱したように見えた。一時は2200円まで売られた丸松農林株は早くも3000円を視界に捉えつつある。2月10日の会合に向けて思惑的な買いが入っているほか、証券取引等監視委員会(SEC)の検査を機に売りを仕掛けた投資家が買い戻しを迫られているという側面もある。つい最近、「SECの検査結果は結局シロだった」と田名部が言っていたが、あのマバラな手口では相場操縦などには問えないと中井戸は考えていたから、当然の検査結果だと思った。株価はジリ高基調を続け、会合が開催される2月10日を迎えた。
2月10日の夕方、中井戸は朝原に電話した。会合の状況を聞くためである。「朝原さん、今日の会合はどうでしたか」
「大枚5万円を払ったんだから、さぞかしいい話が聞けると思ったんだが、結局いつもと同じだった。健康やら宗教じみたことを話した後に丸松農林の業績がよくなりそうだとか、高値から下げたところは魅力的ではないでしょうか、とね」
「出席者は多かったですか」
「君と初めて出た時と同じで、200人くらいじゃないか。さすがに5万円払ってまで出ようというやつは少ないようだ。後からだけど、会報でも状況は大体わかるだろうしね。新聞は月刊で……、新聞が月刊というのもおかしな話だが、次の払込用紙も今日渡されたよ」
「ありがとうございます。最初にお約束したとおり、必要経費は私の方で払わせていただきます。遠慮なくお申し出ください」
「ありがとう。でもそれはもういいよ。佐藤の1回目の会合に出ることを誘ってくれて感謝している。おかげてうちの投資顧問のお客に、初めから佐藤情報を流すことが出来たし、それでうちの業績も順調だ。新規の口座も大分増えた。銘柄は丸松農林が中心だから、客にとって会合の中身はある意味どうでも良くて、俺が佐藤の話を聞いてきたということが大事なんだね」
朝原の会社はお金を預かって運用する「一任勘定」ではなく、投資助言だけの投資顧問会社である。助言を求める客に月にいくらという具合に手数料を取るのが商売だ。中には売買報告書の提出を求めて運用成績に応じた報酬を取るところもあるが、朝原は手続きが面倒なのか、月ぎめ契約にしているという話を聞いたことがある。朝原は実際に会合に足を運んでいるが、投資顧問によっては会社で買った銘柄を「次のS氏銘柄はこれだ」、などと詐欺まがいの行為を行っているところもあるようだ。そういう意味では、朝原は小さくても優良な投資顧問といえるのかもしれない。
朝原は「そうそう、今度からは新聞を送るよ。何せ、売るほど来るからね」と電話口の向こうでの笑い声が聞こえた。
中井戸はありがとうございますと礼をいって、電話を切るときに「ところで朝原さんは丸松農林を買っているのですか」という問いをしかけたが、触れてはいけない気がして、その言葉をぐっと飲み込んだ。
株価は翌日に買い気配から始まり、3000円を回復した。ただ、1月の3960円の高値前後で買った向きの戻り売りもあるのか、会合で新規の手がかりが出なかったからなのか、予想していたよりも動きは鈍く感じられる。その後も一進一退を繰り返しながら、しかし着実に下値を切り上げる展開を続けるのだった。
2月下旬になり、佐伯由美子から日本に帰ってくる日が決まったとの連絡が入った。以前よりも親密度合いは確実に増し、国際電話や時には手紙のやり取りでお互いの近況は報告しあっていたものの、それだけ早く会いたいとの気持ちが強まっていた。しかも、最後の国際電話で「正月にゆっくり出来なかったので、日本に帰ったら温泉にでも入ってゆっくりしたい」といってきた。中井戸は「本当?。宿なら俺が取っておくけど」と答えると、「いいの?、うれしい。では手配をよろしくお願いします」というのである。電話口で動揺しているのを悟られないように、努めて冷静に帰ってくる日と時間、希望の日にちなどを確かめた。
考えてみれば、親密になる場面ではいつも押されっぱなしである。ただの飲み友達として長く付き合ってきたが、その時は特に意識もしなかった。話の流れなどを仕切るのは、むしろ中井戸が積極的だったかもしれない。しかし、その後は手を握ってきたのは由美子のリードだし、初詣に着物姿でやってきて驚かされたのは中井戸である。そして今度は温泉旅行の提案を切り出してきた。電話を切った後も、本気なのかどうかをまず考え、電話でのやり取りを反すうし、ではどこへ行こうか思案をめぐらす。考えるほど中井戸の頭の中は混乱した。取材のときは段取りが良いほうだという自負はあるが、こと由美子のこととなるとからきし駄目なのだった。しかし喜びのような感情も徐々に増してきて、中井戸の心はかき乱された。
ホテルの最上階に上がり、夜景の見られる席に陣取った。
ウイスキーのロックと簡単なつまみを頼み、酒が出てくると改めて乾杯した。中井戸は「大手新聞の社会部記者の目から見て、佐藤の動きに違法性というか、事件性のようなものは感じられないか」と聞いた。
「兜町的にはうまくすり抜けているのだろう。だとすれば、俺たちからどうこうというレベルじゃないな。経済部の記者時代には株式市場発の事件もあったが、それはバブル崩壊でやりくりがつかなくなって経済犯罪を犯すという類のものだ。粉飾とかね」
「それはこっちでも経験している。バブル時代に巨額の資金をマーケットに投入し、まともに決算をすれば無配転落になるような場合だ。こうした企業はまだ出てくる可能性がある」
「しかし、今回のケースでは建前上は、自己責任の原則に従って個人が買っているだけという感じだ。ただ、いえることは株式市場であまり目立つような振る舞いを続けた場合、大蔵省の証券局が黙ってはいないだろう。石川さんがさっき言ってたが、宮鉄鋼相場のときも大手4社を向こうに回して『4社といえども私たちにちょうちんをつける(追随買いを入れる)』と豪語してから当局の締め付けが始まったらしい。証券局が動くということは警察庁と連携することもある。警察庁や警視庁が内定に入ったら、何か見つけるまで引かない。役所の仕事とはそういうものだ。面子もあるし、大きく動いて何も出てきませんでしたでは、無能の烙印を押されて自分たちの出世に響くだろうしな」
「今でも株式市場では十分に目立っているが……。株価が下げたときに、個人が訴訟でも起こせば動くのかもしれない」
「今はなんともいえない。俺も今日の話を聞いて興味を持った。何せ、うちの尋ね人欄を使われて、しかも新聞の発行だものな。他の部署にもそれとなく伝えるようにしよう」
追加のウイスキーを頼んで一声の会のおさらいや株の話をしたりしているうち、久々に会う二人の話題は徐々にプライベートなことになる。橋北は結婚して二人の子供がいる。聞けば、上の子は既に4歳になるという。この間あったときには長男が生まれたばかりだったことを思い出し、中井戸は時間の流れの速さを痛感した。
「そうか、もう4歳か。おおきくなったんだなあ」
「そうだ。確か、この前あったのはお前が離婚したばかりのころだった」
「あれから、4年か。中井戸、再婚はしたのか」
「いや、していない。するなら、あんたのところに2度目の招待状を送るよ。お祝いは何度でも徴収できるからな」
「わかった、わかった。それで、今、相手はいるのか」
「ああ。いることはいるぜ」
「本当か!。それはめでたい。相手はどんな人だ。それで、いつ結婚するんだ」
「結婚は、まだわからんな」といい、またも身を乗り出してきた橋北をけん制した。
ここ半年ほどの経緯や、国をまたいだ遠距離での付き合いであることなどを話した。
「じゃあ、普段は手紙のやりとりや国際電話というわけだ」
「うん、まあね。貧乏会社の社員には国際電話料金の高さは厳しいものがあるけどね」
「とにかく、めでたい。ここはおれがおごるぜ」とさらに酒の追加を発注した。
「彼女が次に帰ってくるのはいつなんだ」
「早ければ今月には1回戻ってくると思う」
新しいグラスが来たところで、もう一度乾杯した。







