1月21日。中井戸は朝7時半から地場証券への一通りの取材をしてから日本橋・兜町にある証券金融新聞社に戻った。高速道路の高架のすぐ脇で、新大橋通りに面した角地にある本社ビルは昭和39年に建てられたものだけに、外観はすでに相当老朽化している。しかも、わずか四十坪ほどで、さらに東西に長い長方形の敷地にほとんど無理矢理に七階建てとしている。
東西からビルをみるとそれなりの建物なのだが、正面入り口のある南側からみると間口が狭いため異常な縦長のビルになっている。建物が傷んでいることもあって、少し強い風が吹くと、ポキリと折れてしまいそうにみえるのだった。実際、七階は風が吹くと揺れる。周辺の証券マンからはその形状から、「エンピツビル」などと揶揄されている。ひとつの階にはワンフロアーしかなく、しかも鰻の寝床のように入り口が狭く、細長い。一機しかないエレベーターは当然ながら旧式で、編集局のある最上階の七階に到達するにも時間がかかる。
以前、地下にある輪転機で新聞を刷っていたところ、埃に引火しボヤ騒ぎを起こした。高速で回る輪転機の熱が、発火点を超えたのだ。発見が早く大事には至らなかったが、七階にいる記者連中はそれこそ肝を冷やした。逃げ道などあろうはずがなく、もしも火災となっていたら全員討ち死にが確実だった。ボロ屋は、それだけで命の危険があると思い知らされたのだった。
ボヤ騒ぎ以来、輪転機が回り始める夕方になると、いくら整備をし直したとはいえ、なにか落ち着かなくなってしまう。建て替えればよさそうなものだが、証券不況の真っ只中にある業界紙には、もちろんそんな余裕はないのだった。中井戸はぎしぎしと不気味な音を出すエレベーターに乗り、編集局へ顔を見せた。
証券部記者の田代節也は中井戸を見かけるなり、「丸松農林、大証の寄り付き前の注文状況では差し引き二百万株の売り越しだって」と告げた。朝の編集局に人はマバラだ。本社には寄らず、直接証券会社や事業会社に取材にいく記者が多いためである。朝来ても、すぐに出て行くものもいる。マーケット担当の記者は、午前中の取引が終わる11時過ぎに戻ってきて、当日の証券面を作っていく。担当キャップが中井戸である。今も局内には局長とデスク、それにと田代と中井戸しかいない。「予想どおり、というかしょうがいなよな」と中井戸が前日までの状況を考え、煙草に火を付けながらつぶやいた。
株価を表示する情報端末をみると平均株価には大きな動きはない。手がかりとなる材料が不足している中を、全般相場が小幅な値動きにとなっているのはここ数日同じだった。閑散商いの中を小動き。話題に乏しいマーケットでは、今日も紙面づくりには苦労しそうだ。丸松農林は前日比40円安の2440円ウリ気配を唱えていた。
ひと呼吸おいて、田代が「ただ、昨日までとは少し違う。売りは出ているんだが、買い物も結構入っているんだ」と遠慮気味にいう。「えっ」と驚いて田代の方を振り返りながら、次の言葉を発しようとする中井戸を制して続ける。「差し引きは200万株なんだが、売り300万株に対して、買いが約100万株ある。売りは信用取引の投げだろうけど、まとまった買いはなんだろう。目先の戻り相場を期待した買いにしてはちょっと多いような気がする」と怪訝な表情をみせている。
前日のストップ安では200万株の売り物を残しており、株価が反発する気配は見えていない。にもかかわらず100万株の買い注文が入っているという。「確かにそれは変だ」と煙草をもみ消しながら、「手分けして当たってみよう」と田代にいうが早いか電話のボタンを押し始めた。しかし、これといった手がかりは得られずに、株式市場の午前の取引が終了した。記者が三々五々戻ってきても、中井戸はあきらめ切れずに市場関係者への電話を続けていた。午前中の丸松農林の株価は2280円(前日比200円安)の売り気配で、差し引きの売り注文は80万株まで減少していた。
次を読む〜「怒濤(1)」
丸松農林株が、証券取引等監視委員会による売買取引の手口の調査に乗り出したことに端を発する、株価崩落を初めてから5日目の1月20日。株価は最高値3960円から37%下落の2480円まで売られた。信用取引で買っていた向きの多くは担保の不足から追加保証金の差し入れ(追い証)を証券会社から求められ、これに応じられない投資家の処分売りも出始めている。
追い証は担保不足となった2日後までに現金や有価証券を追加の保証金として入れなければならないため、明日以降、さらに投げ売りが出てくることが素人目にも予想できた。仕手株のリード役である丸松農林の下落は、他の材料株の下げを誘発し、個人投資家が主体の今の相場を冷え込ませる懸念も出ていた。
中井戸はこの日の夕方6時すぎに、兜町から八丁堀に向かう途中にある、焼鳥屋「鳥徳」に向かった。一声の会の会員で、小さな投資顧問を経営している朝原繁に会うためである。 朝原は二階の和室に先にきており、焼き鳥の塩焼きを肴に、冬だというのに冷や酒をちびりちびりと含んでいた。
「遅くなりました」。中井戸はコートを脱ぎながら詫び、壁を背にしている朝原の下座についた。和室とはいっても、10席以上連なる庶民的な飲み屋だから高級感はない。まだ時間が早いこともあって、席はマバラにしか埋まっていなかった。
「いやいや、仕事が早めに終わってしまったものだから、お先に一杯頂いていたよ。暖かい部屋で飲む冷や酒は、これはこれでいいもんだ」。心なしか、朝原の顔にはすでにほんのり赤味が差している。中井戸は仲居にビールと朝原の酒の追加を頼み、さらに朝原の希望で鳥鍋を注文した。
お酒が運ばれて型通りの乾杯をした後、中井戸は「さっそくですが一声の会、いや佐藤に何か動きはありませんか」と単刀直入に、しかし声のトーンを落として切り出した。
「はっきりいって動きのようなものはまるでない。今日、君と会う約束だったから、一声の会の事務局に電話して、佐藤に念のため尋ねたんだが、『株式とは安い時に買って、高くなったら売るものではないでしょうか。安くなった丸松農林は、私には魅力的に思えますが』なんて人を食ったようなことをいってた。言質を取られるのを恐れているような気もするけどね」。
「しかし、現実には追い証がかかっちゃって、株価の先行きはとても明るいとはいえない。明日だって信用で買っている投資家からの処分売りが出るでしょう。もちろん、佐藤が強引に買い上がれば別ですけど……」。中井戸はビールを空け、好物の焼酎のお湯割りを頼みながら続けた。
「株価は10倍になったし、佐藤の動きもない。株価は下げに転じた。もう、佐藤は売り抜けているということは考えられませんか。先程の話では、はっきりと買えとはいわないっていうし」。
朝原はようやく来た鳥鍋を突きながら「よう、わからん。ただ、感覚的なものだけど、佐藤の口調には自信のようなものが感じられるんだ。10倍になった株価が下げて、追い証が出る。仕手株の経験則なら、相場は終わっていると判断すべきだ。しかし、会員に対して動揺をまったく見せないというのもね。もし佐藤一人だけ売り抜けていて、会員を騙したんなら、普通は姿隠しちゃうんじゃないのか」
午後7時近くになって店はほぼ満席になった。景気が決していいとは言えない兜町だが、鳥徳は手ごろな値段で鳥料理を食べさせることもあって、日々そこそこの賑わいを見せている。この日は寒さが厳しかったこともあってか、いつもより熱燗で鳥鍋をつつきにくる証券マンが多い。
「なるほど、会員を騙したんなら、逃げちゃいますよね。いつもの仕手の仲間割れだって、先に売り抜けたほうが逃げて、結局は信じたほうが馬鹿を見る。それが通常のパターンです。マル暴(暴力団)絡みの資金を巻き込んだときには、逃げ切れずに東京湾あたりに浮かぶこともありますけど……。ただ、佐藤は逃げないことで虚勢を張っているだけなのかもしれない。そもそも会員とはいっても、基本的に会費は無料ですよね。裏には多額の金を払っている有料会員が存在する可能性が大きい。彼らが売り抜けていたとすれば、明日も事務所にいるとは限らないんじゃないですか」
朝原は腕組みをして、考え込むような表情を見せた。
「しかし、仮に丸松農林が本当にまだ終わっていないとすると、どんな手段で買い上げるのでしょうか。減ったとはいえ信用の買い残高は1000万株以上ある。買い方の平均コストが3000円だとしても、この売りに買い向かうには300億円からの資金が必要です」。
「そこなんだよね。問題は資金だ。新たな金ヅルを抱き込むか、既にそのメドがたっているのか。現在の株価急落では、無傷ではいられないと考えられるだろうし……。そういえば、野島鉄鋼相場で捕まったときに、ヤツは大口客の名前を決して割らなかった。大口客の中には民自党の大物政治家が何人も入っていたというから、もしかしてまたマル政(政治資金)かな。まあ、これから逃げるにしても、仕掛けるにしても、もうそんなに残された時間はないだろうね」。
朝原は3本目の酒を空けてすっかり赤くなった顔を中井戸に向けながらいった。「いずれにしろ連絡が入ったら、すぐに教えるよ」という朝原の一言で佐藤の話を終え、あとはお互いの近況や全般の相場見通し、投資顧問の収支などについて雑談した。いつも飲んだらへべれけになってしまう朝原だけに、酒がこれ以上入ってしまっては、情報の正確性も怪しくなる。株の話を切り上げるにはいいタイミングだった。
もう少し飲んでいくという朝原にさらに追加の酒を頼み、情報提供の礼をいって、中井戸は立ち上がった。伝票をもって清算し、外に出たのは午後9時前。地下鉄東西線の茅場町駅に向かいながら、「朝原本人は丸松農林を買っているのだろうか」とふと思った。
次を読む〜「疾風(13)」
午前11時、前場の取引終了とともに兜町の編集局には外回りの記者が続々と帰ってきた。話題は前半でストップ安に売られた丸松農林に集中し、週単位の手口など各記者が入手した情報を披露した。金北に監視委員会が入ったのが丸松農林の件であることも明らかになった。しかし、専門紙としては仕手株を一面に置くことはできず、中井戸の判断で最終面に話題として囲み記事にすることに決定した。
手口に偏った証券がなく、監視委員会の動向も読み切れない。一声の会の会合を見るかぎり、相場操縦のこん跡も怪しく、告発に至るかどうかはまったくの未知数といえた。事実なのは今のところ、株価が下がって買い方の含み益が減ったか、損失が増えたこと。また、売り方の利益が増えたことだけ。突っ込みの足りない記事になるのは避けられず、最終面との判断は妥当といえた。
「丸松農林がストップ安、証監委の調査を嫌気――今後の行方を追う」。ほとんど見出しが勝負の記事の、100行足らずの原稿の入稿を終えた田代は、中井戸とともに遅めの昼食に出た。午後1時を過ぎて既に人影がまばらになった蕎麦屋で、2人は丸松農林の今後を本尊の動きが分からないもどかしさを横において占った。
「昨年秋以来、一声の会の動きは止まっている。会合の計画も今のところない。そしてSECの検査が入った。状況証拠だけでみれば、丸松農林の相場は終わったと見るのが常識的だな」。
中井戸は大してうまくもないざるソバをすすりながら、なにか引っ掛かったようないい方でつぶやいた。
「しかし、SECが入ったというだけで、佐藤が売り抜けたとか、周辺の連中が仲間割れしたとかの話も入っていない。中井戸ちゃん、あんただってこのまま終わるとは思っていないんじゃないか」。
「確かにこのまますんなり終わるとは思わないさ。ただ、このまま下がり続ければあさってには追い証がかかり始める。普通の仕手株だったら投げ売りが出始めて、それを立て直すことは容易ではない。そういった意味で仕手株の最後はいつも同じだ。株価が高い分、下げの恐怖は強いからな。丸松農林だって1500万株ある信用買い残がなだれをうって売りに回れば、あの佐藤といえども株価を支えるのは難しいだろう。
問題は本尊がその佐藤で、佐藤がそれを指を加えて見ているとは考えられないという点だ。黙って下げさせるとは思えないが、しかしだからといって、どんな手があるというんだ」。中井戸は箸を止めて思案顔になった。
株式の信用取引では担保を入れることによって手持ちの資産以上の株式を売買できる。買いから入る場合、300万円を担保にすれば1000万円までの株式を買える。すなわち信用買いのの3割の担保資金があればよい。しかし、意に反して株価が値下がりし、一定の評価損となった時点で、投資家は不足分をその2日後の午前中までに追加の証拠金として、証券会社に差し入れなければならない。これを略して追い証という。
翌日また株価が下がったら再度入れねばならず、投資家は追い証に耐えられなくなって、最後は損を覚悟で投げ売りをする場合が多い。信用取引は最長6ヵ月間 。(現在は無期限信用取引で6ヶ月以上ポジションを持つことができる。)
この期間で勝負する短期決戦の投機商いである。短期間で値上がりした丸松農林は、この信用の買い残高が1500万株にも膨らんでいるのだった。そして高値3960円の丸松農林に追い証が発生するのは2割値下がりした価格である3150円前後からなのである。
丸松農林を購入するために、同社株を担保にしている場合、ことはさらに深刻になる。株価の下落が担保の目減りまで招くためだ。昨年は信用買い残を減らすために、意図的に株価を乱高下させる「振るい落とし」というテクニックを使ったようだが、今回はSECの検査という悪材料が出ている。株価水準も相当に高くなっているし、SECが検査に入っている現状では株価操作まがいのことはできようもないのだった。
「丸松農林は昨日の終値が3960円だから、今日ストップ安で3460円。明日は追い証水準の2960円まで下がる。翌日には払えない向きの投げもあるかもしれない。しかし、それは最悪のシナリオだ。ただ、売り方の買い戻しもあるから、そんなに悲観的に見る必要もないんじゃないか」。
田代はSECの調査だけで相場が終わるとは思えず、ぼんやりとした意見を述べた。
次を読む〜「疾風(12)」
1月13日の寄付き、全般相場はここ数日同様に静まり返った海のようなべた凪(なぎ)だったが、この中、丸松農林の株価がするすると値を下げ始めた。平均株価がほとんど動かない状況下での、丸松農林の値下がりは、いやでも市場関係者の目を引いた。
証券金融新聞社の田代節也は編集局に詰めていたが、証券会社への電話取材の過程で丸松農林の下げを知った。ただ、仕手株の上げ下げは日常茶飯であり、朝方はさして気にも止めなかった。この凪相場では今日の一面の話題はどうしようかと、煙草をふかしながら思案し、外回りの記者が返ってこなければ動きようがないな、などと考えていた。そこに大阪支社から一本の電話が入った。
大阪編集局の記者である大畑健彦は
「あっ田代さんですか。丸松農林についてなにか聞いてませんか」。
「朝方から売られてるのは知ってるけど、今日特にということはないんじゃないの」
「いや、ちょっと気になることを耳にしたものですから。証券取引等監視委員会(SEC)が、株価操縦の疑いで丸松農林の売買手口を洗っているとか」
「本当か!」。
田代は吸いかけの煙草をもみ消し、思わず怒鳴り声になりながら立ち上がった。
「こっちではそんな話してないぞ。株価の下げはそれが原因か」といいつつ、電話を手にしたまま後を振り返り、「おい、田名部、監視委員会が丸松農林に調べを入れてるらしい。急いで当たってくれ」と大蔵省番記者の田名部に命令した。電話口では「北浜では昨日の夕方ぐらいからうわさが広がっています。まだ市場は半信半疑といったところですが、こっちでは裏が取れないんで、東京で当たってもらおうと思いまして」と大畑が田代の予想外の反応と声の大きさにとまどうように続けた。
田代は「昨日連絡できなかったのか、そんな重要な話」と一層声を荒げた。「昨日は企業取材が立て混んでたし、うわさのひとつやふたつでいちいち連絡することもないかと考えまして……」と言い訳がましく答えた。田代は「もういい。あとはこっちでやる」と受話器を叩きつけながら、「佐藤が丸松農林を選んだ理由はこんなところにもあったのだ」といらだちを押さえつつ思った。
丸松農林は大証では信用取引ができるが東証では現物の取引しかできないという、数少ない大証主力銘柄のひとつ。全取引所の総取引高に占める東証の売買高は8割を超えており、規模の小さい証券専門紙は大阪には最低限の人しか置かないし、置けないのが現状だ。業界最大手の金融市場新聞ですら大阪の記者は2名のみで、この2名で企業取材と市場回りの両方をまかなっている。しかも彼らは話題にならないマーケットより、広告の出稿が期待できる会社回りを好むのだった。
証券会社とて同じで、大証のある北浜は大手の一角と、残りは大阪の地場証券で大半が構成されている。大手や外資各社がひしめく東京に比べ、情報量が絶対的に少ない。これは仕手サイドから見ると、多少目立つことをやっても東京には伝わりにくい、というメリットが生じることになる。
また、東証銘柄なら売買の証券会社別手口は、株式部にある端末を叩くことによってすぐにわかる。手口がわかれば、そこから筋を手繰っていくこともできるし、取材もしやすい。しかし、大証銘柄の手口は東京からいちいち問い合せなければならないし、週単位、月単位の手口はなおさらわかりにくい。大証銘柄は日々の動きから埋没しやすいのである。そういった意味での大証銘柄、これが丸松農林のもうひとつの顔なのだった。
監視委員会への取材を終えた田名部が報告にきたが、「個別の案件については答えられない」という通り一遍の返答しかもらえず、田代はまたもいらだちを覚えながら、北浜にある証券会社の
知り合いの役員に電話を入れた。
「お宅には監視委員会から丸松農林の手口チェック入ってませんか」。相手が電話口に出るなり単刀直入に聞いた。
「田代ちゃん、たまに電話をくれたと思えば、またそんな話か。正直にいってうちにはない。そもそも丸松農林いじってないからね。ただ、金北証券には丸松農林の調査かどうかはともかく、昨日の引け後に検査が入っている。山谷、偕生証券にもヒアリングがあったという話だ。後はそっちで調べてよ。それより、ここまで教えたんだから、東京でイキのいい銘柄をひとつ頼むよ」。
「ありがとうございます。それで十分です。イキがいいかはともかく、三井銅なんかどうですか。今期の連結決算、上方修正になりそうです。会社のトップに直接取材いってきましたから、間違いありません。ただ、他言は無用です。では、また」。
田代はお礼の情報提供を行なった後、今日の紙面でどこまで書けるか思案した。
次を読む〜「疾風(11)」
年初の最初の週末、中井戸は佐伯由美子とともに明治神宮に初詣に来ていた。本当は元旦にでも来たかったが、3が日は両親と過ごしたいという提案を快諾し、2日午後に代々木駅で待ち合わせた。3が日を両親と一緒にいたいという、そういうやさしさを持った由美子の育ち方は、相当に好ましいものに映った。
駅は3が日を過ぎても大変な混雑だが、携帯電話を持っている二人は連絡を取り合いながら容易に出会うことが出来た。
「明けましておめでとう」という由美子に「おめでとう」と答える。予想外の和服姿の由美子はまぶしく、一段ときれいだった。いつもは化粧気のない姿だったが、今日は艶やかに仕上がっている。化粧気のないのもいいが、晴れ姿でのいでたちははやり目を引く。中井戸はそんな姿を想像していなかったので、コートにGパンという普段着で来てしまい、後悔した。しかし、釣り合うような着物なぞ、そもそも持っていないのだった。
「なんだか釣り合いが取れなくて、ごめん」と謝ったが、由美子は「いいの。私が着たかったんだから。それより、早く行きましょう」と促されて、明治神宮の参拝場所を目指した。人の渋滞でゆっくりとしか進まないが、それでも二人で初詣に来ているという高ぶりがあり、中井戸は一向に苦にならなかった。
小一時間も過ぎたころ、ようやくさい銭箱の前に着いた。正月用の特別製で、遠くからでもさい銭が投げ入れられるようになっている。二人はさい銭を投げ、手を合わせた。中井戸が顔を上げても、由美子はなおも熱心に祈っている。しばらくしてようやく、顔を上げた。中井戸は「何をそんなに祈っていたの」と聞くと、「内緒よ」とかわした。おみくじを引くと、由美子は「大吉」で、中井戸は「小吉」で、由美子は「今年は良いことがありそうだわ」と喜んだ。
人ごみを抜けるのにさらに1時間ほどを要し、駅に着くともう夕方近くになっていた。
「その格好じゃ、今日は飲めないね。途中まで送っていくよ」と駅の改札に向かうと、素直に従った。総武線各駅停車に乗り、千駄ヶ谷駅に着いたときに、中井戸は急にあることを思いつき、由美子に「ここで降りよう」と促した。少し驚いた様子だったが、一緒に降りた。「どうしたの」と尋ねる由美子に「せっかくの和服姿なんだから、写真を撮ろう」と先に歩き始めた。
駅の売店で使い捨てカメラを買い、改札を出た。「まだ正月だからやっていないかな」と思いながら、新宿御苑の千駄ヶ谷門に向かう。幸い、休みは3が日だけで、開園していたが、閉園までは後、30分くらいしかない。中に入り、周りが樹木に囲われながらも広い場所に行き当たると、「この辺で撮ろう」といい、由美子にポーズを取るように要求した。少し照れた様子だったが、こちらを向いたところで何枚かの写真を撮影した。
その後も園内を巡りながら、数枚のフィルムを消化した。由美子は売店を見つけて従業員がいることを確認すると、「すいません、写真を撮ってもらえますか」と聞く。定員が笑顔で承諾すると、中井戸は「こんな格好でいいのか」とつぶやいてみたが、由美子は「いいから、並んで」と催促した。店員は「もう1枚いきます」と合計2枚の写真を撮ってくれた。
そもそも、園内に人影はまばらだったが、夕暮れが迫り、さらに少なくなっている。正月という時期を考えれば、それも当然だが、先ほどまで明治神宮の喧騒の中にいたことを考えると、別世界のようである。出口までは後200メートルくらいだが、常緑樹の木々に覆われた通りは静まりかえっている。
中井戸は「我ながら、にわか撮影会とは、いい考えだったと思うけどな」と話しかけると、由美子は「ありがとう。写真が出来たらください」と続けた。いつもと違って、今日はしらふだが、既に二人は手をつないで歩いている。
「大吉だった、さっきのおみくじを見たら、待ち人は既に現れているって出ていたわ」という。うろたえながらも、中井戸は「僕のはどうだったかな。金運のところはあまり良くなかったけど」といいながらおみくじ二人でを覗き込むと、そこには「貴方の気持ち次第」とあった。「僕の気持ち次第か」と考えあぐねていると、由美子が一層強く握り締めてきた。
そういうことだった。このところの由美子との関係がにわかに接近していたことに浮かれていたが、自分の方からは明確な意思表示をしていない。由美子に向き直り、「僕なんかで、いいかな」と精一杯の声を絞り出した。由美子は「うん」とうれしそうに答えた。目がやや潤んでいる。周囲はもう、暗い。由美子をそっと抱きしめると、軽くキスをした。
次を読む〜「疾風(10)」







