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蠢(うごめ)き(13) [蠢(うごめ)き]

2005/6/10(金) 16:37 投稿:和島英樹  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 11 )

丸松農林という仕手株が登場し、一部の玄人投資家がこれに便乗する格好で相場に参加し始めた。中には佐藤の出た雑誌を読んだり、会合に出て疑いなく丸松農林を買った素人の投資家もいるに違いない。

しかし、どういう形であれ、株式市場にお金を投じる個人投資家は増えつつある。そうした状況を映してか、7月3日に日経平均株価が1万4485円という底値をつけた後は戻し歩調になっていた。

佐藤が意図したものかどうかはともかく、個人の資金で相場が反転に向かっている。相場が上がると思えば、投資する人数は一層増えてくる。丸松農林を買えない投資家はアジア産業を買い、そうでない投資家は15年前に佐藤が手掛けた実績のある銘柄を買う。

過去に買った株なら、また買うかもしれないという幻想なのだが、そう考える人数が増えると動き出すのが相場というものだった。物色の流れが横へ広がることで、相場全体にも好影響を与えているのだった。こうなると、一般の銘柄でも新製品開発などのニュースが出れば反応が良くなる。仕手相場は材料株相場へとさらに発展する勢いを見せ始めたのである。

8月下旬なると、丸松農林はいったん1840円まで買われ、その後乱高下した。市場関係者の中には「丸松相場は終わり」と見る向きも増加したが、その中で和泉証券投資情報部長の石川敏夫だけは強気の見通しを崩していなかった。中井戸の取材に対し、石川は「仕手株が本当に育つ時には何度かの『振るい落とし』という状況が出てくる。今はその振るい落としの時期ではないか」というのが、いくつもの仕手株相場を見てきた、ベテラン証券マンの見解だった。

振るい落としとは、株価の先高期待が強いと現物、信用に限らず、買ったら売らないという投資家が増加する。仕掛けている方にとって見れば、これ自体は悪いことではない。しかし、自分たちが買いたいと考えても、売り物が出にくくなってしまい、相当に高い株価を買いに行かざるを得ないというジレンマが生じる。振るい落しとは、こうしたちょうちん(提灯)筋を投げさせて、相場の仕切り直しをするという意味である。

ちょうちん筋とは本尊の力量を信じて買っている追随投資家のことを表す。暗闇でちょうちんを手に持ち、どこにいるかわからない本尊を頼ってついていくということであり、追随買いを入れることを「ちょうちんをつける」という。

振るい落しは買いの手を緩めると同時に、売りを出して相場を一時的に冷やすという方法が一般的だ。2週間程度乱高下を繰り返すと、信用の買い残高が減少し、ちょうちん筋が振るい落ちたことを確認できた。この間に売り残高も減り、結果として信用規制も解除された。佐藤のグループは、当然ながらこの場面で持ち高をさらに増やしたに違いないのである。

そして、丸松農林株の本当の快進撃が始まった。

次を読む〜「疾風(1)」


 

蠢(うごめ)き(12) [蠢(うごめ)き]

2005/6/3(金) 13:03 投稿:和島英樹  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 17 )

翌日の朝、朝原からは丸松農林のほかに、半導体製造装置メーカーのアジア産業と、検査装置の日本アベロニクス、それに漁業の極東が取り上げられたこと、それと第二回会合については追って通知すること、そして会報の発行を考えていることの3点が電話で伝えられた。

勘が鋭い朝原は、最後に「中井戸君、なんか機嫌が良いようだが、昨日あれから何かあったのか」と聞いた。中井戸は取り乱しそうになりながら「いえ、昨日の会合で朝原さんの仏像に関する知識豊富さを知ったので、ちょっと尊敬しているんですよ」とかわした。

その後、アジア産業やアベロニクスなどの株価は上がるには上がったものの、やはり本命は丸松農林であるらしく、着実な上昇トレンドを描いていた。出来高を見ても、他の2銘柄とは比較にならない多さだった。

上昇とともに8月8日には大証金(大阪証券金融)から日々公表措置がとられ、9月13日には大証から信用規制が実施された。日々公表とは通常週に一回の信用取引残高の発表が毎日行なわれることで、信用規制とは信用取引を行う際に現金担保の割増など一定の制限措置がとられることである。いずれも空売り残高が増加している証拠で、株価の過熱指標である一方、売り方が一層厳しくなっている様子が伺える。

市場の格言に「逆日歩に買いなし」というものがある。日歩とは信用取引を行っている買い方が支払う金利のこと。売り方が株式を貸す形になっているので、金利相当分を受け取れる。しかし信用取引で売り買いが拮抗すると証券金融会社が空売り株券の調達に苦労するようになり、本来売り方が受け取るはずの金利を支払わなくてはならなくなる状態になることがある。これが逆日歩である。逆日歩になるくらいに売り方が増加しているのなら、そろそろ相場は天井を付ける。これが「逆日歩に買いなし」の語源だ。

しかし、これは一般的な相場の話。丸松農林のように意図的に仕掛けられた相場では、買い方がまず信用買いしておいて、これを現物株券として引き取るという「現引き決済」という方法で、市場から株券を吸収する。これにより売り方の株券調達は一気に苦しくなるうえ、逆日歩がつき、踏み上げを誘発させたりする。

ある銘柄を空売りしていたとして、逆日歩が仮に3円だとしよう。1000株売っていたら1日当たり3000円を支払う義務が生じる。しかも取引のない土日分まで払わなくてはいけない。10万株なら1日30万円だ。これに耐え切れなくなって損をしてでも買戻しをせざるを得ない状態になる可能性があるのである。3月24日に今年の安値389円を付けた丸松農林は佐藤の雑誌インタビューでの注目銘柄となったことで700円台に乗せた。
そして、一声の会の第一回会合以降は上げ足を速めて、8月に入ると1500円台とさらに2倍以上になっている。売り方の悲鳴が聞こえてくる状況だった。

その後一時下落し、1200円台まで下げた局面では「旅人の止まり木」と題された会員リポートが配られた。内容は佐藤崇が生かされているという例の講演会の内容に加えて、健康法などが書かれているものなのだが、その最後に丸松農林のほか数銘柄が淡々とした会社紹介として掲載されている。会員の中には丸松農林を売って利益を出し、次の銘柄を欲している者もおり、そうした会員には別の銘柄を紹介する必要がある。会合でもそうだったように、これも重要なポイントだ。しかし、仕手筋には本命銘柄があり、残りは全て周辺銘柄的な位置付けというのがこれまでの仕手株相場の経験則なのである。

次を読む〜「蠢(うごめ)き(13)」


 

蠢(うごめ)き(11) [蠢(うごめ)き]

2005/5/27(金) 23:11 投稿:和島英樹  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 9 )

由美子は日比谷線で日吉まで帰る。時間的に送っていけないし、そういう関係でもない。二人は日比谷線の築地駅に向かって歩き始める。今回は韓国からの帰国で時差ボケはないはずだが、「今日は酔ったみたい」と赤らめた顔を中井戸のほうに向けた。うれしい半面、やや戸惑いもあり、中井戸は築地駅の方に向けて足を踏み出した。

その時、思いがけず由美子が中井戸の手を握ってきたのである。その手を振り払う勇気もなく、お互い黙ったまま、しばらく歩道を歩いた。日比谷線の築地駅では中井戸は茅場町へ、由美子は反対の神奈川県方面の電車に乗る。中井戸は何かを言わなければとあせりながらも、気の利いた言葉が出てこない。企業や証券会社取材では脳で考えるよりも先に電話のプッシュボタンを押し、すぐに取材先に向かう仕事ぶりが嘘のように、こう着してしまっている。

握りあった手が汗ばんでいるのは、初夏という天候のせいばかりではなく、それを悟られまいとするほど、中井戸の汗腺は活発に活動するようだった。

二人は手をつないで、そのままゆっくりと歩き続けて築地駅にまで来た。そして神奈川方面行きのホームに回り込む。電車が来て由美子が乗り込む寸前に、ようやくという感じで「今日は本当に楽しかった。ありがとう。また、会えるね」と話しかけた。由美子はそれで納得したのか、「うん」とようやく明るい表情を見せ、手を離して電車に乗り込んだ。そしてドアが閉まり、姿が見えなくなるまで、中井戸に手を振り続けたのだった。

中井戸はうれしくも、あまりに突然の由美子の行動には戸惑いを隠せない状況の中を、反対側のホームに向かい、帰路についた。

茅場町で東西線に乗り換え、阿佐ヶ谷に着く。相変わらず汚れ切った部屋に入ると、ふと、大掃除をしなければと思い、その直後に今度は「おまえは何を考えているのだ」と戒める言葉が脳裏をよぎる。ウイスキーをロックで飲みながら、ひとり苦笑したのだった。

次を読む〜「蠢(うごめ)き(12)」


 

蠢(うごめ)き(10) [蠢(うごめ)き]

2005/5/20(金) 23:35 投稿:和島英樹  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 7 )

その日の夕方、中井戸玲次は日本橋にある和紙の老舗「はいばら」という店の中にいた。2ヶ月ぶりにある人物と会うためだ。朝原には会合を抜け出す際に「仕事がある」という理由を使った。もちろん書きかけの原稿はあり、それはこなしてきた。急ぐ仕事ではなかったが、会合の後に朝原から「ちょっと一杯行こうか」などと誘われては断るのが面倒なので、中座したという方が当たっている。

待ち人は成田空港からJRに乗り、品川駅で都営浅草線に乗り換えて江戸橋駅(現在の日本橋駅)に着く。わかりやすい場所としてここを指名してきたのだった。中井戸は仕事を早退してでも成田まで迎えに行くつもりだったが、日が悪かった。さらに「貴方も仕事が忙しいんでしょ」という気遣いもあり、この店で待ち合わせることにしたのだった。

18時の待ち合わせ時間に5分と遅れることなく、佐伯由美子は、はいばらに着いた。中井戸は折り紙を見るとはなしに、店の外を気にしていたので、由美子が入ってくるのはすぐにわかった。しかし、相手に自分を見つけてもらいたくて、声をかけられるのを待っていたのだった。

由美子に後ろから「お待たせ」と声をかけられ、驚いたような演技をし、「よう、久しぶり」と答えた。そして、「これ、日本を忘れないためのプレゼント」と和紙で出来た人形を差し出した。普通のやりとりだが、日々取材と原稿に追われる中井戸にとって、由美子のためにプレゼントを選ぶことは、新鮮な作業だったのである。

雑談の後、中井戸は由美子に「腹は減っているのか。それともすぐに飲もうか」と聞いた。由美子は「うーん。どっちもだね」と微笑み返した。「じゃ、築地に行こう」と店の外に連れ出し、タクシーを拾った。運転手に「築地の交差点まで」と伝え、「元気だったか」と尋ねた。由美子は「うん、まあまあ」とそっけなく答えながら、中井戸からもらった着物姿の紙人形を両手で包み込むように眺めていた。タクシーはほどなく築地に到着し、中井戸が行きつけの寿司屋の暖簾をくぐった。

とりあえず生ビールと刺身の盛り合わせを頼んだ。時を置かずにビールが来ると、二人はグラスを合わせ、久々の再会に乾杯した。由美子は欧州系で世界最大の通信社に勤めている。現在は政治部門担当の記者で、アジアの首脳の動向などを取材している。海外に出れば1〜2ヶ月は帰ってこないが、帰国のたびに一献酌み交わす程度の間柄だった。

中井戸とは5年位前に、由美子が国内担当で、同じ電機セクターの担当記者という時期に知り合った。由美子は中井戸の5歳年下の28歳だが、電機担当の記者としてパーティーなどで一緒になるうち、話が合うこともあり定期的に会うようになった。それは、お互いの部署が変わっても続いている。恋愛関係というわけではない。中井戸は一回目の結婚に失敗してから、女性には臆病になっていたし、佐伯由美子は一流の国立大学出身で一流のマスコミに在籍。当然ながら英語にも堪能だ。対して中井戸は二流の私立大学の出で、しかも業界紙という引け目もある。会っていて心は安らぐのだが、次の一歩を踏み出す勇気もないのだった。しかし、由美子はそういうことに頓着しないのか、日本に帰ってくる時期になると中井戸に電話してくる。優秀で性格もいい由美子のことだから、彼氏がいないと考えることの方が、無理があるともいえた。

その後、寿司の握りを頼み、お互いの近況を話すうちに日本酒の杯を重ねていった。ふと時計を見ると、時間はあっという間に10時になっていた。回りにいた客も既におらず、店員は店じまいをしたそうな雰囲気を見せていた。築地の夜は早い。市場が早朝から開くので、準備が深夜から始まるためだ。中井戸の仕事も朝早いために、一軒で打ち上げということになる。会計を済ませて外に出る。たいした話はしていないようだが、中井戸は日ごろのストレスが抜けるような気がした。そして、それは由美子と会うたびに、毎回そう思うのだった。

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蠢(うごめ)き(9) [蠢(うごめ)き]

2005/5/13(金) 08:03 投稿:和島英樹  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 5 )

言葉をいったん区切ると、聴衆をゆっくりと見渡し、その後仏像のほうに向き直り、顔をしばし仰ぎ見て、手をあわせてからさらにゆっくりとお辞儀をした。佐藤が数分間じっとしている間、1000人以上の聴衆は波を打ったような静けさで佐藤の次の言葉を待っている。

株式投資の話を聞きに来たはずの人々だったが、朴訥に語る佐藤の人間性に惹かれていったのである。中井戸は「完全に佐藤のペースだ」と思ったが、会場の静かな熱気にやや押され気味でもあった。佐藤が聴衆の方にもう一度向き直ると、心なしか吹っ切れたような表情になった。

「そこで、私にできますことといえば、少しばかり株式投資をかじったことぐらいです。株式投資とはご存知の通り、企業に資金を投じることにより、その企業の発展に寄与し、その流れが大きなものになれば、日本の経済の建て直しにも貢献することができます。

銀行がお金を貸すという間接金融なのに対し、証券市場は直接金融という形で、直接企業に資金を回すことができるのです。日本経済はバブル崩壊後低迷を続けており、設備過剰、失業者の増加、賃金の減少など企業もサラリーマンも厳しい生活を強いられています。地価の下落にも歯止めがかかりません。

そうした中での今回の震災は、経済状況をさらに押し下げてしまうかもしれません。株式投資を通じてこうした状況を改善できないものか、それを考えるのが私の使命だと確信しているのです。しかし、私一人では絵に描いた餅です。そこで、皆様と一緒にどのようなことができるのかを考えていくのが、この会の趣旨です。

企業が伸びれば株主には配当や株式の値上がり益という形で還元されます。伸びる企業が増加すれば産業が活性化し、経済も元気を取り戻すでしょう。まずはその第一歩を踏み出すべく、皆様にお集まりいただきました」

佐藤がここで会場を見渡すと同時に照明が付いた。再度佐藤が頭を下げると、会場からは万雷の拍手が沸き起こった。どうやら、ここでいったん休憩に入り、個別の銘柄については後半に話すようだ。どうせ丸松農林だろし、付随の銘柄については朝原に聞いてもらえばよい。

朝原に「すいません、明日の原稿の用意もありますので、私はお先に。新しい銘柄が出たら、連絡をお願いします」といって、中井戸はホテルを後にした。中井戸とすれば、佐藤の顔を見ることが大きな目的だったので、成果は十分といえた。それに、この後、個人的な用事もあったのである。


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