2月中旬
佐藤崇は都内のホテルに長期滞在の契約をして、見晴らしの良い一室に収まった。ベッドルームのほかに、やや広めの応接セットや事務机も備わっているセミスイート級の部屋だ。仲間である数人のグループと銘柄や相場形成を考える拠点として、また来客も多く予想されることから、その事務所として使うには十分な環境だった。佐藤はベランダに出て、深呼吸をし、これからの戦略をもう一度、頭の中でトレースした。
場所はアメリカ大使館に程近い山の手で、オフィス街や永田町にも至近で、今後の仕事を考えると立地条件も申し分がない。あらかじめ送ってあった荷物をおおまかに整頓すると、早速、電話を掛け始めた。まずは永田町である。
「先生、この間お知らせしましたように、東京に出て参りました。大倉ホテルに部屋を取ってあります」
電話の先は大臣経験のある民自党の有力代議士である。
「ほう、相変わらず、やることは素早いねぇ。で、どうなの。本当に、また動くつもりなのか」
「はい、仕掛けようと考えている銘柄の大株主には既に売却の意向を取り付けてあります。ここは是非、先生にもご登場頂きたく、ご検討をお願い申し上げます」
「そうか。でも君、こんな重要な話は電話ではできないなぁ」
「もちろん、しかるべき場所で、じっくりご説明させて頂ければと考えております。いつごろなら、お時間を頂戴できるでしょうか」
「わかった。今日中にも連絡する」
「はい。こちらの電話番号は53・・・・・・です。では、連絡お待ちしています」
電話を切ると、すぐに次の代議士に連絡を入れる。そして次は野党議員。電話の先は時に資産家だったり、時には兜町の関係者だったりしたが、電話の相手の対応は大半が好感触といえるもので、面談や酒の席の予定が着実に手帳のスケジュール欄に積み上げられていった。
前回の15年前の仕手戦で逮捕されたときに、厳しい取調べに耐え、資金源について一切口を割らなかったことの信頼感が残っているようだった。時を経て一線から身を引いたものも少なくないが、一方で、当時若手だった人物は着実に地位を上げている。佐藤は当時と同じような仕掛け、いや、それ以上のことができる自信が湧いてきていた。なにしろ、仕掛けについては前回検挙されたという反省を踏まえて、この一ヶ月間知恵を絞りに絞った。相場の終わり方の絵図はきちんと描いたし、幾度もシミュレーションを繰り返した。その自信が佐藤にはあったのである。
数日後、大臣経験のある代議士と、平河町からやや離れたところに位置する小ぶりな料亭で宴席を設けた。かつても通った、口の堅さでは実証済みの料亭である。床の間を背にした議員に向かって、佐藤はまず、「先生、大変ご無沙汰をしておりました。ご活躍はテレビや新聞で拝見いたしておりましたが、お元気そうで何よりです」とお世辞に聞こえないように気を使いながら挨拶した。そして、ビールのお酌をし、仲居に「とりあえず日本酒を熱燗で3本持ってきてくれ。料理はここに並んでいるだけでいい。先生と大事な話があるから、呼ぶまではこないように」と指示した。
仲居が日本酒を持ってきて、部屋を出ると、佐藤は周りを確認し、ふすまをゆっくりと閉めた。
そして、向き直り、「ご検討を頂けたでしょうか」とおずおずと尋ねた。
「うん、でもね、佐藤君。君が証券界で大暴れしたおかげで、証券取引法も当時よりずいぶん厳しくなっているし、本人確認などの口座管理も面倒なことになっている。そういうことは大丈夫なのか」
「おっしゃるとおりです。しかし、手は十分に打つことができます。既にカリブ海に浮かぶケイマン諸島に投資会社を作りました。ここはタックス・ヘイブンで、49人以下の出資であれば、資金の出所や運用成績などを開示する必要がありません。欧米のヘッジ・ファンドが同様の手法をとっているほか、経営危機に陥った国内上場企業が、名前を出したくない第3者から資金調達する際にも使われています。」
タックス・ヘイブンとは税制上の優遇策を講じている国や地域を指す。先進国の資金を呼び込むことで、法人数を増加させて税金収入を狙っている。商品相場や株式、為替など利益の出そうな投資対象にレバレッジを効かせて投機を仕掛けるヘッジ・ファンドが設立されることで有名なのがケイマン諸島なのである。日本でも転換社債を、ここを経由して発行する企業が多いが、割当先は日本企業というのが大半。ケイマン諸島を通すことにとり、匿名性が確保できることが魅力となっている。証券取引法は佐藤の仕手相場事件が社会問題になったことによって規制された経緯がある。
さらにはバブル崩壊以降の国内の証券会社では、大手証券を始めとする証券不祥事が相次ぎ、口座の本人確認が厳しくなった。80年代までは本人確認の書類提出は義務付けられておらず、極端な話、飼い猫の名前でも口座を作ることができた。また、証券界の隠語で「白封」というのがあり、売買報告書を自宅に郵送せず、顧客本人に直接手渡しするケースもあった。これなら、家人に知られることなく株式の売買ができる。佐藤はこうした規制に影響を受けない、海外での投資法人設立に動いたのだった。
佐藤自身、15年前に匿名性の高い割引債券にして、当局の目を逃れた軍資金を、既にこの投資法人に流し入れることに成功している。こうした一連の経緯を代議士に説明した。
「なるほど、仕組みはわかった。で、いくら資金があれば相場が張れるんだ。前回のこともあるから、信頼はしているが、リターンはどの程度期待できるのか。表の金は当然ながら、出せないしな」
「金額はお任せしますが、前回同様、資金が多いほど相場の成功確率が上がることをご理解ください。政治資金収支報告書に記載していない、別勘定のお金を振り向けていただければと存じます」
「わかった。今後は秘書と連絡を取ってくれ」
「ありがとうございます。ご期待に沿うような結果を出すべく努力いたします」
佐藤は座布団を外し、丁寧に頭を下げた。そうして、ふすまを開け、「おい、先生に料理の続きをお出ししてくれ」と声を掛けた。
佐藤はこうした宴席を、3月上旬まで続け、目論見通りの資金を集めていったのである。
次を読む〜「蠢(うごめ)き(1)」
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1Re: 胎動(12)
いよいよ動き出す・・・。と言った感じで、ドキドキしながら読ませていただきました。最近、投資の大先輩から聞きいたお話がリアルに情景として浮かんでくるような・・・。正に時流に乗った展開ですよね。それ系の株も動いているようですし?!相場が読めて、小説も書けてしまうなんて和島さんのマルチな才能にますます魅力を感じるこの頃です。ウィークエンドストックと共に金曜日が楽しみなこの頃です。
2005/3/4 18:40 : ハリーポッター / 編集
2Re: 胎動(12)
中井戸さんがここからどう絡んでくるのかとても楽しみです。魅力的なキャラですよね。
小説とは関係有りませんが、もしよければ和島さんの生年月日を教えてください。(最近、占いに興味があったりするので・・・。)
2005/3/4 18:59 : ハリーポッター / 編集
3Re: 胎動(12)
ハリーポッターさま。ご愛読ありがとうございます。生年月日は講演会場でお会いした時にでも。恥ずかしい(^_^;)ので。
2005/3/7 10:46 : / 編集
4Re: 胎動(12)
了解です。講演会、もちろん申し込みしてはありますが行けるのかな。多数だと抽選なのですよね?!行けますように!
株で知り合った先輩方に番組含め、講演会の宣伝してしまったので抽選確率下がったかもしれない・・・。(笑)
年齢は以前‘投資の達人,に載っていたのでなんとなく知ってたりして。
お会いできる日を楽しみにしています。って、恥ずかしくてお話できないかも・・・。
良い報告できるようにがんばろ〜。
2005/3/7 11:34 : ハリーポッター / 編集
5Re: 胎動(12)
今、ポストを見たら、確かウィークエンド株のホームページから申し込んだ株のドリルが当たったみたいで届きました。うれしい〜。
スタッフの方にありがとうございましたとお伝えください。
叶内さんのウィークエンドオフレコも楽しみだったので復活して欲しいなぁ・・・。て、これは番組ホームページに投稿した方が良いのかな?(笑)
2005/3/7 11:52 : ハリーポッター / 編集







