株式市場全般は2月から3月にかけてもさえない展開が続いた。村山内閣の政策運営の混迷ぶりをマーケットが感じ取っていたことに加えて、1月の大震災が経済に与える影響の大きさが日々高まり、日経平均株価は1万5000円をかろうじてこらえているような状況だった。そんな株式市場に3月20日、さらに社会を不安に陥れる事件が発生する。地下鉄サリン事件である。
3月20日朝8時前後
営団地下鉄千代田線の霞ヶ関駅を中心とする電車内で、猛毒のサリンがまかれた。官庁、大企業の従業員を狙ったもので、その狙い通り、満員の電車に猛毒は牙をむいた。犯行はビニールに入れた液体サリンを傘でつつくという方法で行われ、車内は異常な臭いとともに悲鳴、うめき声に包まれた。日比谷線の築地駅など合計5駅でほぼ同時に襲撃された格好となり、朝の首都圏は麻痺状態に陥った。
後にオウム真理教という宗教団体の犯行とわかったこの事件では、地下鉄職員、乗客に死者12名、重軽傷者5500名超という犯罪史上類を見ない、テロ行為だった。
証券金融新聞の整理部記者杉浦も被害にあった。杉浦は日比谷線で通勤途中、不運にも築地駅で犯行が行われた電車に乗っていた。ただ、現場とは遠い車両にいたために、病院にはいかずに、タクシーを拾って会社に直行した。そして駅構内が大混乱となった朝の出来事を、興奮気味に周囲の同僚に話していた。その時、不意に杉浦は、
「どうして部屋に電気をつけないの。すごく暗いじゃないか」とつぶやいた。
同僚は「杉浦さん、何言ってるのよ。電気はついているし、太陽だって差し込んでいるじゃないですか」といぶかしげに返事をした。
「そうなのか。あれ、でもおかしいぞ。どんどん暗くなっていく」
周囲はそこで異常に気づいた。
「杉浦さん、もしかして、サリンにやられているんじゃないのか。おい、誰か、救急車を呼べ。急いで」
救急車で運ばれた杉浦は、精密検査の結果は異常なく、眼球の洗浄とその後の点眼薬だけで治癒できる見通しになった。しかし、杉浦の一件は、ごく微量のサリンでも失明を意識させた今回の事件の恐ろしさを物語るものとなった。同じ年の5月16日にオウム真理教教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)が、ようやく逮捕された。それでも、麻原から指示を受けた信者が、どこかでまた無差別殺人を起こすのではないかという懸念が、消えたわけではないのだった。
阪神大震災に続く、オウムサリン事件という立て続けに起きた歴史に残る天災、犯罪は、国民の消費や企業の設備投資意欲に大きな影響を与えた。将来的に何が起きるかわからないという心理状況をかもし出し、消費は低迷、設備投資も落ち込む傾向を示し始めた。バブル崩壊後やや持ち直しつつあった経済が停滞してしまっては、株価の上昇など期待できるはずがないのである。
4月入っても株価の下落が続き、マーケット関係者の中には92年のバブル崩壊後の最安値1万4309円を割り込むとの観測すら出始めた。92年は宮沢喜一内閣の金融引き締めなどの失政により、株価の下落を招いた局面だ。株価の下落も投資家にとって痛手だが、さらに深刻だったのは出来高の減少である。1日の出来高が1億株に満たない日もあるなど不振を極めた。証券会社の採算ラインが4億株といわれていたから深刻である。
証券会社は市場が開けば開くほど赤字が増加するという悪循環に陥った。安くなれば買いたいという投資家はいるはずだったが、政府がPK0(プライス・キーピング・オペレーション=株価維持策)を行っており、当局の買い支えで不自然な株価形成となり、市場参加者が激減してしまったのである。雑誌や一般マスコミが当時、「株式の死」と呼んだ惨状だった。出来高は88年のバブルのピークには28億株に達していたのが、たった1億株にも届かないのである。現在ではなんとか3〜4億株の商いとはなっているものの、相次いでメガトン級の悪材料が出現しているだけに、懸念は現実味を帯びつつあった。
そんな時期の編集会議が盛り上がるはずもない。3月決算企業の決算発表は5月末に集中するが、その人員のやりくりや、5月に遊軍が取り組む企画などが話し合われたが、部数増加の決定打についてはやはり出ないのだった。
そんな沈痛ムードの中、中井戸の隣に座っていた若手の記者が暇をもてあましたようにこちらを向いてささやいた。
「中井戸さん、佐藤崇って知ってますか」
えっ、と中井戸は顔を若手記者のほうに向けた。
「佐藤がどうしたって」。
「いや、昨日中堅証券の株式部長とお酒を飲んでたんですが、その時に佐藤崇が復活した。相場が少しは面白くなるぞっていうんです」
「佐藤が復活したって。奴は刑務所から出てきているのか。そうか、もう10年以上になるんだものなぁ」
「知っているのですね。で、誰です?佐藤って」
「昔活躍した仕手筋だが、仮に今戻ってきたからといって、もう盛りは過ぎたんじゃないかな」
「へえ、有名人なんだ。その人」
その場は、中井戸が会議の発言を求められたことで、話は立ち消えになった。
しかし、帰宅途中、中井戸は佐藤崇が復活したとは酒の席の戯言だろうと思いながらも、心に引っかかるものを感じていた。
佐藤崇といえば、株式市場では伝説の仕手グループを率いた総帥で、野島鉄鋼の株価を釣り上げたことで名を挙げた。中井戸が証券界に身を投じる前のことなので、もちろん自分で野島鉄鋼の相場を見たわけではない。しかし、今でも取材先の証券会社では、「あの佐藤の時は……」などと歴史の教科書のように語られる人物であり、グループなのだった。しかし、彼は相場操縦かなにかの罪で逮捕されたのではなかったか。大きな社会問題にもなっただけに、一般の新聞にも出ており、中井戸は新聞でも読んだ気がする。もし、その佐藤とやらが本当に帰ってきたとしても、株式市場に影響を与えるだけの力量が残っているのだろうか。中井戸は今ひとつ、ぴんとこなかった。
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