午前9時・東京市場の売買開始。
予想通り、全般は買い手控えムードか強く、軟調な始まりとなった。震災の規模や被害の状況が確定されていない状況で、しかもあのテレビ映像を見た投資家に買い意欲がわかないのも当然といえる。
日本経済に与える打撃がGDP(国内総生産)の何パーセントとかのデータが出ればまだしも、震災発生からわずか3時間では売り買いの決断を下せるはずもない。
プロであるはずの機関投資家でさえ判断がつきかねている様子で、商いも閑散となっている。しかし、こうした中で猛然と買い人気を集めた業種があった。建設株である。大成建設、鹿島、清水建設、大林組のいわゆるゼネコン(総合建設)を始めとして、不動建設、五洋建設など、関西に地盤のある建設会社や港湾工事に強みのある企業が軒並み高に買い進まれた。
兜町は古来、生き馬の目を抜くといわれる。暴れた馬の目を射るほどしたたかなつわものがいる町という意味である。大量の死者が出ているにもかかわらず、経済への影響が憂慮されている状況でも、この場面で儲かりそうな企業を一瞬にして選別し、命から2番目に大切であるはずのお金を惜しげもなく投資する。ここはそういう町なのである。投資家は今後想定される「復興需要」を早くも織り込み始めたのだ。あれだけすごい震災なのだから、きっと復興にかかる資金規模も政策支援もスケールの大きなものにはずだ。震災発生後わずか3時間で投資家はそう判断したに違いない。
電話取材をしていた同僚記者の田代節也はやや青ざめた表情で受話器を置いた。
「中井戸ちゃん。建設株の買い注文誰が入れているか知っているか」。
「目ざとい個人投資家ってところじゃないのか」。
「それはそうなんだが、不動建への大手N証券経由の注文は神戸支店からの取次ぎらしい。被害の少なかったのは金持ちが多く住む芦屋地区だって、さっきテレビでもいってたろう。その高台に住む連中が、臨海地区や住宅密集地域の悲惨な状況を見て、N証券の神戸支店に押しかけてきたっていうんだ。支店は休むつもりだったらしいが、お客の数が多くて急きょ開店したってわけだ。電話が通じなくて、直接足を運んだということだろう」。
「そして、その金持ち連中が買い注文を出したのが不動建を始めとした建設株とういうわけだ」。
「まあそういうことだ。おれもこの商売に入って長いけど、投資家というのは自分の利益のためなら何でもありというのを改めて認識したよ。死人が山ほど出ているのに、それを好機ととらえる。マスコミの端くれとしては、なんだか微妙な感覚だね」と割り切れなさそうにつぶやいた。
人の不幸ですら、自らの利益獲得のチャンスととらえる、兜町の真骨頂ともいえる現象である。株価が上がりそうなら買い、下がりそうなら売る。投資判断には情緒的な感傷や、政府の意向といった大儀名分は入る余地はない。ひたすら自らの利益のために動く。これが相場というものなのだ。
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