証券金融新聞は株式投資情報の専門紙で、部数はトップ。唯一全国販売を行っている。部数トップとはいえ、バブル経済の崩壊後はジリ貧続きで、現在ではピークに比べて約4割減の9万部前後をうろついている。為替、債券を扱う金融部や企業回り担当の会社部、マーケット担当合わせても記者30名。全社でも200名に満たない小さな所帯である。
日高は今日の紙面をどうするか考えた。田代ではないがマスコミの端くれとしては、被害状況にかんがみて建設株の急騰を煽るわけにはいかない。しかし、ストップ高が続出している建設株の、実際の値動きを伝えないわけにもいかず、さじ加減が重要になる。
手の空いている記者に「調査機関に取材して、経済に与える影響を聞け。まだ、数字なんかは出るわけないので、消費心理などへの懸念など、大雑把な感想でいい」、「各証券の被害状況もできる限り入手しろ」などと矢継ぎ早に指示した。記者は兜町の地回り取材に向かったり、追加の電話取材に追われた。
実際、証券各社では被害状況の調査に追われていた。大手、準大手といわれる証券会社は全国に支店網があるため、関西地区にも数多くの拠点がある。総務スタッフは社員やその家族の安否に加え、支店の入っている建物の被害状況、さらには本社と支店を結ぶコンピュータの状況などを一刻も早く把握する必要に迫られていた。
今日は休業するにしろ、顧客の注文回線の確保は証券会社にとって、まさに生命線である。また、事業会社の被害にも気を配らなければならない。自らが幹事証券を勤めている会社の動向次第では、資金調達の方策を練らねばならないからだ。
そうした市場関係者のあわただしい動きの中、芦屋地区から海岸方面をじっと見続ける男がいた。震災の発生直後からまんじりともせずに仁王立ちとなり、時刻はすでに昼を回っていた。火災はさらにひどくなり、空には報道のヘリコプターが十数機、蝿のように飛んでいた。眼下には救急車や消防車、それにパトカーの回転灯が無数に見えた。サイレンの音も時間を追うごとに大きくなっていく。
兜町から姿を消してからおよそ20年。人々の記憶からはすでに消えているのかもしれなかったが、この男は歴史的な瞬間に遭遇し、運命のようなものを感じていた。そして、この一ヵ月後、東京に向かう新幹線の中にいた。男の名前は佐藤崇といった。
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1Re: 胎動(5)
歯切れの良い文章で、リズム感あり。
次の展開を期待しています。
以上
2005/1/14 23:14 : / 編集
2Re: 胎動(5)
微妙なところをお書きになりましたね。
刺されないようにしてください。
2005/1/17 12:20 : / 編集
3Re: 胎動(5)
応援ありがとうございます。次回以降もぜひお楽しみになさってくださいませ
2005/1/18 08:03 : / 編集
4Re: 胎動(5)
楽しみにしています
2005/1/18 18:59 : 黒光 圓 / 編集
5Re: 胎動(5)
人の不幸ももうけのねたとは。恐ろしい世界ですね。でも、株式市場が好きです。次回も楽しみにしてます。
2005/1/19 20:04 : チコ / 編集







