フランスでもアメリカでも、聖火リレーは騒動を引き起こしています。
なんとパリでは、消えた聖火を抱いてバスの中に蟄居させられたランナーがいましたが、果たして彼の胸中は如何ばかりであったでしょうか?
人民日報のウエブサイト、人民網によりますと、フリーチベットを叫ぶ人々はチベット人・非チベット人を問わず、「西蔵独立分子」などと一括りにされております。「分子」があるならば、「分母」もある筈で、いったい、その分母とは、如何なる母集団なのでしょうか?
まー、不肖このワイも、うっすらと東京オリンピックを記憶しているほどの旧いオッサンですので、「東京」以降のオリンピックをほとんど(TVで)見てきたわけですが、聖火リレーの時点で、こんなに世界の津々浦々で、聖火が消されたり、奪われそうになったり、各国の首脳が早々と入場式のボイコットを宣言したりするオリンピックは、これまで無かったように思います。
前世紀の前半で、ナチの威信と世界への恫喝をテーマに挙行されたベルリンオリンピックも、ここまでグローバルな物議を醸してはなかったのではないか?。もちろん、小生はこの世に存在しておりませんでしたので、その時代の空気は全く不明ですが。
とにかく、中国も、フリーチベットを主張する人々も、当然のことながら、それぞれ言い分はあるでしょう。
ただ僕は、巨大な中国人民「解放」軍に、自分の身体と言葉だけで抗議するチベットの人々を見ていると、釈迦とキリストの出鱈目な混合になるかもしれませんが、バイブルに記された、ルカによる福音書第9章の一節が心によぎるのです。
そこには、“狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。”なんて記されています。「枕する所も無い」人の子とは、即ち、チベットの人々に相応するのではないか?もっとも、このセリフをこんな場所に持ち出すのは、とんでもない勘違いで、神への冒涜につながるのかもしれませんが。
さて、明後日は08年クラシックの第一弾、桜花賞。ひょっとしたら一番人気になるかもしれないトールポピーのその馬名には、なんと「投資成功者」の意味がある。・・・らしいです。(そうスポーツ新聞に出ていた気がしますが錯覚かもしれません)また、愚かにも僕は、ポピーと虞美人草が同じであるなんて、つい最近まで知りませんでした。
虞美人とは、即ち、項羽の愛人であった虞姫への尊称(虞姫は、それはそれは美しい女性であったと中国史に記されてあります)であり、このブログをお読み戴いているみなさんも、「覇王別姫」の美しくも悲しい伝説に、涙された方も多いことかと存じます。
エエとこのボンボンでイケメンの項羽は、終世のライバルで成り上がり者の劉邦の軍隊に包囲され、遂に敗北を認めざるをえない状況に追い込まれます。(この世にオヤジの嫉妬ほど恐ろしいものは無く、ほとんどのイケメンは醜オトコに葬り去られるのです)
そして、いよいよ死を覚悟した項羽は、生涯を懸けて愛した虞姫の前で次の詩を吟じます。
力抜山兮気蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮奈若何
いやー、最後の一行、虞兮虞兮奈若何!(虞や虞や汝をいかんせん・・・!)とは、何度、読み返しても、ええセリフや思いますわ。
この項羽の呼びかけに対し、虞姫もまた項羽への想いを込めた愛の詩を唱え、剣を手に最後の舞を披露するのですが、ワイの陳腐な紹介を読むよりは、みなさんも是非、簡潔で引き締まった美文が楽しめる中国古典、史記の「項羽本紀」を一読なされるか、あるいは、京劇「覇王別姫」を(叶うならば中国本土で)ご覧戴くことをお薦めします。
まー、胡錦濤センセイも、フリーチベットなんぞ大国の沽券にかかわるとばかりに弱い者イジメばっかしやってると、歴史は繰り返され、愛人とジブンを自刃に追い込んだ項羽の二の舞になってしまう可能性も、無いでは無いとワイは思います。
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