1月21日番組から [番組スタッフから]
2011/01/21(金) 11:00 番組営業担当K

今月は「日本人と日本語」と題して、関西学院大学総合政策学部教授の陣内正敬(じんのうち まさたか)さんにお話をいただきます。今回はその3回目、「外来語氾濫の理由(わけ)」というテーマについてお話をいただきます。

私たちの周りには無数の外来語があふれています。その中には当たり前に使っているもの、よく意味がわからないけど使っているもの、などさまざまです。
陣内さんはこんな状況を「日本列島が『ハワイ沖』に近づいている(外国に寄っている)?!」と表現されていますが、1950年代に言葉の約1割しかなかった外来語が、1990年代には3割近くなっているなどというデータを見ても、陣内さんのたとえも決して大げさではないのかもしれませんね(笑)。

では、なぜ外来語が氾濫しているのか?
陣内さんは大きく2つの指摘をされています。


①『カセット(宝石箱)効果』・・・中身(意味)はわからないが、中に何かすばらしいものが入っているのではないかという期待させる効果がある
②日本人の特性として、「曖昧さを大切にする国民性」「雰囲気を読む国民性」=外来語を使う効果として「はっきりさせない」、「余韻を残す」、「場面ごとの状況にあわせる」効果が期待できる。

その他には「便利さ」「新しい感じ」「明晰さ」などの効果などもあるそうです。

では私たちはあふれる外来語に対してどのように向き合っていったらいいのでしょうか。

陣内さんは「外来語狩り」は決していいことでない、使いようであるとおっしゃっています。そのなかで「商業外来語」と「公共外来語」の2つに分類してはどうかという提言をされています。

たとえば「スイーツ」という言葉について、「甘いもの」「洋菓子」という意味のこの言葉ですが、この言葉をきくと、「甘いものを食べて幸せな気分になれる食べ物」というイメージまでが湧いてきますよね。このような言葉は「商業外来語」として、夢を売ったり、物を売ったり、イメージを感じてもらうものとして「商業外来語」として有効に使う一方、「アクセス」という言葉のように、公共性が大きい言葉にもかかわらず、意味がわかりづらかったり複数の意味があったり(「アクセス」という言葉をみても「(交通)手段」「接続」など複数の意味をもつ)と、それを受け取る側の人の立場にも十分伝わるよう配慮するひつようのある「公共外来語」として使用する必要などをおっしゃっています。

確かに、公共の施設やサービスがさまざまなことが便利になっていく反面、便利になりすぎたがゆえに
不便になることも有るような機がします。
公共の場所では「案内板」や「注意表示」「アナウンス」などのサービスは、十数年前と比較しても格段に向上しています。ただ、一方で看板や表示を優先し誘導する人員が削減されたりなどの効率化が図られたりもしていてお年を召した方や障がいを持った方にとってかえって不便になることも多くなっているような気がします。
せっかく過去の経験も踏まえたこのようなサービスですので、特に言葉のサービスについても、内容についてもサービス向上が求められてきているのだと感じました。これは社会全体がとても親切・いい方向に向かっている証拠だと思います。そこに人と人が「対面」で話したり交わしたりできるコミュニケーション手段が加わるともっといいと思います。言葉はコミュニケーション手段として最も有効な手段の一つであるから・・・。

次回はこのテーマの4回目、「日本人と言語表現」についてお話いただきます。


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