8月8日放送から [番組スタッフから]
2008/08/08(金) 14:57 番組営業担当K

今回は「昔話の深層」をテーマにお話をいただきました。
山さんから、昔話研究の関啓吾さんの「『昔話』とは『現実生活に立脚するもの』であり、『昔話の中心的テーマは広い意味における幸福の獲得であり、困難を克服することによって、幸福ほ到達することを語るもの』」との定義・コメントをご紹介いただいております。


昔話を「大別」すると「婚姻を主題とした昔話」と「富の獲得を内容とした昔話」の2つに分けられるというのは、確かに言われてみるとそうですよね。「めでたしめでたし~」という表現で終わる昔話が多いのはそのせいかもしれませんね。


柳田国男さんは「昔話の中で幸福を得る主人公には『生まれつき備わった福分をもつ者』または『心がけがよくて神に愛されているもの』でなければならない」としているそうです。今回の番組では笠地蔵を例に解説いただいておりますが、他の昔話(たとえば「浦島太郎」とか「つるのおんがえし」「したきりすずめ」「ぶんぷくちゃがま」・・・数えだしたらきりがない)「ちょっとの気遣いや気配りの違い」がその福を得られるか得られないかの微妙な差であり、さらに言えばその人たちも「ちょっとの欲」を出すことでその福を手からこぼしてしまう登場人物も多数おり、現代社会にも本当に相通ずる部分が多く、そういう意味で過去のすばらしい伝統、そして歴史などは大切にしていかなればならないなあとつくつぐ感じました。

私はどちらかというと過去の言い伝えや伝統・しきたり・ことわざから迷信まで比較的信じる方です。とくに「ばち(罰)が当たる」事に関しては特に信じています。ちょっと悪いことをしてしまった時、「これ、絶対誰かが見ているよな」という不安な気持ちに苛まれどんどん憂鬱になっていってしまうのです。だから「ばち」があたらないように目立たずひっそり謙虚に生きていくように心がけています。言い方を代えれば意気地なしともいえるのですが・・・(笑)。
昔話の中にもたくさんの「ばちがあたる」登場人物の話がたくさん出てきます。いろいろなシチュエーションでいろいろな昔話に触れるたびに、私の気持ちはどんどん小さくなる、もとい、どんどん謙虚になっていくようになっていければなあと思います、いい意味で(笑)。


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