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6月25日番組から [番組スタッフから , 10年6月 合理的思考の深層を探る(久米暁さん)]

2010/6/25(金) 11:00 投稿:番組営業担当K  記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )

今月は「合理的思考の深層を探る」と題して、4週にわたり関西学院大学文学部教授の久米暁さんにお話いただきました。今回は最終回(4回目)、「感情や習慣と理性の関係」をテーマにお話いただいています。

これまで3回にわたり「理性主義の批判」についてお話をいただきました。
行為決定における理性主義は「感情に従わず、理性的反省の結果に従え」というものの、理性的反省の奥底には結局のところ感情が隠されているということ。
また、科学的探究における理性主義・合理主義については、「慣習には従わず、科学的・合理的探究・予測に従え」というものの、その合理的探究・合理的予測自体が「これまでそうだったから、これからもそうだろう」という「私たちの心に働く『習慣』を前提」としている、つまり習慣の排除を唱えているにもかかわらず、それが推奨する科学的合理的探究の前提にある習慣を認めているという点でナンセンスであるというお話でした。

しかし、敵対関係にあるとされる『感情』と『慣習』といったものは、理性による合理的思考の根本にあることになるのです。人間は理性的な動物であるといわれていますが、「感情と理性の関係」・「習慣と理性の関係」を踏まえて、もう一度「人間とは何か」について考えていこうというのが、今回のテーマです。

久米さんのお話ではものごとを「『単純化』して判断することこそが一番の問題である」とお話されています。この『単純化』とは何なのでしょうか?ぜひ番組をお聴きになってください。

私は、4回目のお話の中で出てきた『単純化』された思考こそ、いまの現代の日本社会に横行しているような気がしてならないのでは、と感じました。ものごとを一つの側面でしか見られない人間が増えているような気がしてなりません。その単純化された思考が短絡的な行動を生み、協調性のない社会につながっているのでは?と思ったのですが、考えすぎですかね(笑)。

最後に久米さんから「哲学という学問は『私たちが無意識のうちにその上に立っている、足元を見直してみる』イメージの学問である」と話されています。
自分とは何か。自分はなぜそのように思って、そして行動にうつしたのか。他者とは何か。他者はなぜ私に対してそのようなことを言葉にしたのか。

そして・・・人間とは何か。

私のような凡人には当然到底わからない難問ですが、もっと身近な出来事を通して自分を見つめなおすことこそが、私たちでもいつでもどこでもできる、また自ずと学んでいる哲学なのかもしれませんね。
今回のお話を通じて、自らを律する機会というものはすべての瞬間にあることがわかりました。自分を理解し、自分以外の周りの人を理解する。それこそ現代に役立つ哲学なのではないのか?

哲学って意外と身近な学問なんだなと感じることができました。


 

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